二月上旬、商店街組合会館。
 冬の寒風が吹き付ける中、知香と祐貴は静かに会館の扉を開けた。ここには協賛スポンサーとなっている店主たちが集まっている。追加交渉の場である。
 「……すでにスポンサー額は限界ギリギリです」
 最初に重い口を開いたのは、老舗呉服店の店主だった。
 「追加要請と言われても、正直、これ以上は……」
 「確かに、光ファイバー衣装の部材費が高騰しているとは聞いたが……」
 商店街の古株たちが渋い表情を浮かべている。
 知香は事前に準備してきたデータファイルをそっと取り出した。
 「皆さん。ご協力いただいたおかげで、ここまで劇場再生計画は注目を集めるプロジェクトに成長しました。すでに市外からの観光客も増え始めています」
 スクリーンに、文化祭やロシア遠征での観客動員データ、市民の口コミ反応、SNSの拡散状況などが映し出される。
 「今回の“光ファイバー衣装”は、その象徴演出になります。ここで一段、完成度を高められれば、市の文化資産として長く残せます。これは、皆さんのお店にとっても未来の集客基盤になります」
 「……それは理屈では理解できるがな」
 誰かが溜息混じりに呟いた。
 ——会場の空気は重い。
 だが次の瞬間、祐貴がゆっくり立ち上がった。
 「皆さん。もし仮に今回の追加分が裏目に出て公演が失敗した場合——」
 静かな間を作ってから、祐貴ははっきりと続けた。
 「そのときは、責任はすべて私が負います」
 「……責任?」
 「私が全メディア報告資料を整理し、商店街の宣伝失敗は“水城祐貴個人の運営ミス”として処理します。皆さんの協賛記録には、今回の追加分は含めません」



 場内がざわついた。
 「そ、そんな……そこまで背負う必要はないだろう?」
 古株の電器店主が驚いた声を上げる。
 「必要ありますよ」
 祐貴は静かに、しかし一切ブレない口調で続けた。
 「皆さんの店は日々の本業が命です。学生の演劇活動に、万一の損失まで背負わせるわけにはいきません。だから、ここから先は僕の仕事です」
 「……だがな」
 「もちろん、本番を満席にして成功させます。それは僕たちの義務であり、恩返しです」
 知香がそっと横で補足した。
 「祐貴のこういう所、普段ずる賢く見えるけど……実は一番泥をかぶる役割なんです」
 場内に、微妙な空気が流れた。
 「本当に、覚悟があるのか?」
 呉服店主が真剣な眼差しで問いかける。
 「もちろん」
 祐貴はゆっくり深く頭を下げた。
 「それが、僕の“役割”ですから」
 沈黙が落ちたあと——
 「……まったく、君ら若いのは無茶をする」
 苦笑まじりに誰かが呟き、それがきっかけとなり、次々と賛同の声が上がり始めた。
 「じゃあ追加分、うちは出すわ」
 「うちもいいぞ。ここまでやったなら、最後まで見届けるさ」
 「……全力の“青春”ってやつは、こっちも応援したくなるな」
 商店街組合の空気が、少しずつ柔らかく変わっていく。
 最終的に、全スポンサーが追加協賛に同意した。
 会館を出た夕暮れ、知香は小さく肩を叩いた。
 「さすが祐貴。今回も上手く“水に流した”ね」
 「いや、まだ流れてない。最後の舞台が成功して初めて流せる」
 祐貴は静かに答えた。
 こうして光ファイバー衣装の全資材は確保され、最後の“完全武装”が整った。
(第29話「スポンサー最後通告」執筆 End)