二月上旬、被服室。
 ミシンの高速回転音と、慌ただしく布を裁つ音が交錯していた。紗季は額に汗を滲ませながら、次々と縫い上げていく。
 「次、光ファイバー三系統! ケーブルは左側通す! シェイアン、配線の確認お願い!」
 「了解。……でも紗季、落ち着いて。縫い幅が微妙にズレ始めてる」
 シェイアンが静かに助言した。
 「わかってるけど……時間が足りないよ〜〜!」
 紗季は泣きそうになりながらも、手は止めない。
 今回の最終衣装は、照明演出と完全に連動する“光ファイバー衣装”だった。小さな発光チューブが複雑に配線され、衣装全体が七色のグラデーションで輝く構造になっている。
 だが——
 「わああ! また絡まったぁ!」
 紗季が叫ぶ。光ファイバー配線が何重にも絡まり、まるで迷路のようにこんがらがっていた。
 「この絡みは……偶然とは言えないかもしれない」
 シェイアンがじっと絡まり方を観察して呟く。
 「どういう意味?」
 「この“混線状態”そのものを、むしろデザイン要素として取り入れたらどうだろう」
 「ええ!?」
 「絡み合ったまま、光の屈折を利用して不規則な揺らぎを生ませる。舞台上では、むしろその方が有機的な輝きになる」
 シェイアンは迷いなく手元の設計図を書き直し始めた。
 「失敗の痕跡を、そのまま美しさに転換する」
 「それ……めっちゃ素敵じゃん!」
 紗季は目を輝かせた。
 「今までの私、全部“綺麗に整えよう整えよう”って必死だったけど、少しくらいのズレや揺れがある方が、むしろ生きてる感じが出るんだね!」
 「揺らぎの中にこそ“本当の光”がある」
 シェイアンの言葉に、紗季は大きく頷いた。
 こうして光ファイバー衣装は、予定外の“迷路”を抱えたまま、唯一無二の輝きを生む衣装へと進化していった。



 翌日、試作した光ファイバー衣装の初テストが体育館で行われた。
 イヴァンが照明コンソールを操作し、舞台中央に立った紗季の衣装をゆっくりと照らす。
 「……おおおおお……!」
 紗季の衣装全体が、まるで星雲のように七色の光をゆらめかせた。絡まり合った配線の屈折が、規則的でもランダムでもない不思議な光の流れを生んでいた。
 「これ、すごく幻想的だ……!」
 咲来が思わず息を呑む。
 「完全制御された光とは違う。“生きている光”だ」
 イヴァンも低い声で評価する。
 「まさか“慌てん坊のミス”がここまで進化するとはな……」
 凌太が感心して腕を組んだ。
 「紗季の慌てっぷりも才能のうちだってことだよ」
 祐貴が笑う。
 「わ、私はそんなつもりじゃなかったけど!」
 紗季は照れながらも嬉しそうだ。
 「でも、すごく……嬉しい。これが私の作った衣装だって、胸張って言えるよ!」
 「むしろ、これこそが私たちの物語の象徴になるかもしれないね」
 倫子が微笑んで言った。
 「揺らぎ、偶然、失敗……それを乗り越えて光にする。それが“今の私たち”の形なんだよ」
 咲来の言葉に、みんながしみじみと頷く。
 この新たな衣装は、最終公演の舞台を鮮やかに彩る武器になると確信した。
 ルミナステージ完全再生への道が、また一段と輝きを増した瞬間だった。
(第28話「衣装の迷路」執筆 End)