一月下旬、清栄高校音楽室。
 窓の外では小雪がちらちらと舞っていた。寒さに肩をすくめながらも、凌太はいつになく真剣な表情で鍵盤の前に座っている。
 「……でさ、俺は思ったわけ」
 凌太が手元のメモをめくりながら言った。
 「これまで色んな演出を積み重ねてきたけど、肝心の“象徴曲”がまだ完成しきってないよな」
 「“Pleiades of Lights(プレアデス・オブ・ライツ)”だね」
 咲来が静かに呟く。
 それはルミナステージの象徴となるべきオリジナル曲のタイトルだった。だが実は、ここまでの演目ではイントロ部分だけが使われており、完全版の楽曲構成は未完成のままだった。
 「この曲が完成すれば、最終公演の“核”になる」
 凌太の声は静かだが、強い決意が滲んでいた。
 「でも、まだ何かが足りない気がするんだ」
 「……足りない?」
 イヴァンが小さく首を傾げる。
 「うん。今まで積み重ねてきた“俺たちの物語”を、そのまま音に入れたい」
 凌太は立ち上がり、ホワイトボードに大きく丸を描いた。
 「だから、今回使うのは——」
 「みんなの“心音”だ」
 「し、心音!?」
 紗季が思わず叫んだ。
 「そう。俺たち七人の鼓動を、そのままサンプリング素材に使う」
 凌太はニヤリと笑った。
 「遠征中ずっと録音機を回してたんだ。緊張した瞬間、笑った瞬間、怒った瞬間、涙が出た瞬間——全部の心拍データがある」
 「まさか……あの胸にピッて貼ってたパッチ、あれ心拍モニターだったの!?」
 知香が驚く。
 「演劇は“心”の物語だろ? だったら舞台の象徴曲も、俺たちの鼓動が乗ってなきゃ嘘だと思ったんだ」



 音楽室には、凌太が即席で組んだ簡易録音ブースが設置されていた。マイクスタンドの前に一人ずつ立ち、各自の“今”の心音を収録していく。
 「じゃあ、咲来から。リラックスしてね」
 「うん……」
 咲来は胸に手を当て、小さく深呼吸をしてから、装置の前に立った。
 ピッ、ピッ、ピッ……。
 穏やかな、けれど確かに力強いリズムがモニターに表示された。
 「すごく……安定してるね」
 凌太が微笑む。
 「“揺らぎ”が自然でいい。これ、コーラスパートのベースに使えそう」
 次は紗季の番だ。
 「きゃー緊張するぅぅ!」
 「大丈夫、落ち着いて」
 紗季の心音は、最初はバクバクと早かったが、凌太のカウントに合わせて深呼吸すると次第に整ってきた。
 「この立ち上がりの跳ねる感じ、逆に使えるな……ダンスパートの導入に乗せよう」
 紗季は自分の心音がサンプリング素材になると知って、顔を真っ赤にしていた。
 次々と他のメンバーも録音していく。
 知香の冷静なリズム。
 祐貴の落ち着いた、けれど微妙に駆け上がる鼓動。
 イヴァンの静謐な安定波。
 そして——健吾の番が来た。
 「う、うわあああ緊張するぅぅぅ!」
 「そのまま出して! むしろそれがいい!」
 凌太は慌てず即座に録音を開始する。健吾の心音は最初は激しく揺れていたが、やがてしだいに落ち着き始めた。
 「この“涙目からの持ち直し感”——めっちゃエモい!」
 最後に凌太自身が自分の心音をサンプリングした。
 「さて、これで“七人七色”の素材が揃ったわけだ」
 「まさか自分の鼓動が音楽になるなんて……」
 咲来が感慨深く呟く。
 「これが、俺たちの“Pleiades of Lights”の本当の形になる」
 凌太はそう言って、全員の心音をミキサーに流し込んだ。
 ——七つの光が重なり合い、新たなメロディが生まれ始めた。
(第27話「七人七色ミュージック」執筆 End)