四月も中旬に差しかかったある日、校内は学園祭準備の空気に包まれていた。体育館からはダンス部のリズム練習の音が漏れ、グラウンドでは美術部が巨大な立て看板の絵付けをしている。
 充は校内を歩きながら、腕組みして考え込んでいた。凌太と紗季、倫子と知香、咲来は既にチームに入ってくれている。だが、ステージマネージャーがまだ決まらない。
 ——舞台を動かすには、裏方を統率する「軸」が必要だ。
 そこで思い浮かんだのが、クラスメイトの健吾だった。控えめで涙もろい性格だが、人の話を丁寧に聞き、困っている人に必ず手を差し伸べるタイプ。責任感も強い。まさにステージマネージャー向きだと感じた。
 昼休み。購買部のパンの列に並ぶ健吾を見つけ、充はすかさず声をかけた。
 「健吾、ちょっといい?」
 「お、おう? どうした?」
 「今度さ、屋外劇場で舞台やるんだ。再生プロジェクトっていうか。そこで、お前にステージマネージャーをお願いしたいんだ」
 パンを手にしたまま健吾は固まった。
 「え、俺? なんで?」
 「お前、人の話を一番ちゃんと聞くし、空気を読んで調整できるじゃん。皆が衝突した時も、自然と間に入れる。そういうのって、舞台を作る時にすごく大事なんだ」
 健吾は目を泳がせつつ、じわじわと頬が赤くなっていく。
 「でも俺……そんな、大したこと……」
 「大したことあるから頼んでるんだよ。俺の目は確かだぜ?」
 充が真剣に言うと、健吾はとうとう涙目になった。
 「わ、わかった……やるよ。迷惑かけるかもしれないけど、できる限り頑張る!」
 「ありがとう!」
 パンを握りしめたまま泣きそうな健吾に、充は嬉しさを隠しきれなかった。こうして、ステージマネージャーの席が埋まった。
 放課後、さっそくいつもの会議が始まった。今日の会場は校舎裏の屋外劇場。まだ草むしたステージの上に、みんなでキャンプ用の折りたたみ椅子を持ち込んでいる。
 「これで主役級の役割はほぼ揃ったね」
 咲来がノートをめくりながら言った。
 「うん、でも、まだ課題は山積みだ」
 凌太が言った。
 「まず、予算。音響も照明も、まともに使えそうな機材は壊れてるし、舞台美術も作らなきゃならん」
 「衣装も材料費が結構かかるしなあ」紗季が指を折る。
 知香は冷静に一覧表を出した。
 「必要経費の概算はざっとこれくらい。……ゼロが並んでます」
 一同がうめいた。
 「じゃあ、どうするの?」紗季が問う。
 充は一拍置いて、真剣な声で言った。
 「スポンサーを探す。商店街とか、市の助成金とか。俺たちだけじゃ無理でも、まちの人たちに応援してもらえば……」
 「つまり外部交渉か……」凌太が腕を組む。「祐貴に頼めばいいんじゃね?」
 「祐貴?」
 「生徒会の外交官。あいつ、妙に大人受けいいからな」
 その言葉に、全員が顔を見合わせた。——確かに。それも悪くない。