一月上旬、冬休み明けの清栄高校。
 新年早々の学校は、どこかのんびりした空気が漂っていた。寒さも手伝い、生徒たちの動きはどこか緩慢だ。だが——。
 「……進行表、穴だらけだよね」
 資料室で倫子がホワイトボードの前に立ち、溜息混じりに言った。
 「……はい。認めます……」
 知香も苦笑いで頷いた。
 「遠征帰国直後から、みんな一度完全に電池切れになったから……空白期間ができちゃったのは事実だね」
 年末年始の疲労と高揚感から、誰もが少し休息モードに入ってしまっていた。舞台の進行表も、三週間ほど更新が滞っている。
 「でも逆に考えれば——」
 倫子がパチンと指を鳴らした。
 「この空白自体を“物語装置”に使えるかも」
 「……物語装置?」
 知香が首をかしげる。
 「そう。この数週間、誰も動けなかった“沈黙の期間”を、あえて脚本の中に差し込んでみる。観客からすれば『何か空白がある』って逆に引っかかるはず。そこで一気に伏線を回収すれば——」
 「なるほど……空白が意味を持つわけだ!」
 知香が目を輝かせた。
 「しかも、今の私たちがそのままモデルにできるしね」
 倫子はホワイトボードに『空白=心の溜め』と書き込んだ。
 「動かない期間も含めて、物語は生きてるってことだね」
 「……まさにそれ!」
 資料室の静けさの中で、二人はふっと笑い合った。
 新年の空白は、次なる物語の種となって静かに息づき始めていた。



 その日の放課後、再びメンバー全員が会議室に集まった。
 「さて、みんな——ここからが本格的な最終調整フェーズだ!」
 充がホワイトボードを叩いて宣言する。
 「これまでの成果は十分に積み上がった。でも、最終審査まではあと一か月半。ここからは細部の詰め直しと、新しい観客動員策だ!」
 「よーし、エンジン全開でいくよ!」
 紗季が気合を入れる。
 「まず、倫子が新しく提案してくれた“空白の物語装置”を脚本に組み込む。脚本班、お願い」
 「任せて! “沈黙の数週間”を伏線に転換するの、面白くなりそうだよ!」
 倫子がノートにさっそく案を走らせる。
 「次に照明と音響。シベリアで得た新技術を再現する」
 「寒冷地センサーはそのまま流用できる」
 イヴァンが冷静に答える。
 「音響も氷上反射の残響技法、ルミナステージで試せるよ」
 凌太が即座に応じた。
 「衣装班はどう?」
 「反射素材を再調達したよ! 前より軽くて動きやすい!」
 紗季は目を輝かせた。
 「そして最大の課題は観客動員だ」
 充が一段と真剣な顔で全員を見渡す。
 「800席満席——これは、議会が最後まで残した“条件付き承認”だからな。ここを埋められなきゃ、全てが終わる」
 皆の顔が引き締まった。
 「でも、絶対にやれる。今まで通り、失敗も武器に変えてきた俺たちなら」
 充の力強い言葉に、皆が静かに頷いた。
 新年の空白は、逆に一層の結束を呼び起こしていた。
 そして、最後の戦いが静かに幕を開けようとしていた。
(第25話「新年の空白」執筆 End)