十二月下旬、帰国便の機内。
 大型旅客機の座席に、充、健吾、祐貴の三人が並んで座っていた。目の前の小さな折りたたみテーブルには、ノートパソコンと分厚いファイルが広げられている。
 「さて……次はこれだな」
 祐貴が新たなタブを開きながら呟く。
 「劇場存続の最終審査に向けた総括資料——エンディングノート」
 半年間の活動成果をまとめ、議会に提出するための最終資料。それが今、三人の膝の上で最終編集作業に入っていた。
 健吾は映像編集ソフトのタイムラインを睨みながら、既に目がうるんでいた。
 「だ、だって……全部思い出しちゃうんだもん……文化祭の七分間とか、吹雪の即興とか……!」
 「健吾、編集しながら泣くのやめろって」
 充が苦笑する。
 「……だって、この半年間、全部が奇跡みたいだったから……」
 健吾は涙目のまま、映像の最後に咲来のロシア語朗読シーンを挿入した。
 「Ты — свет внутри себя(光は、あなたの中にある)」
 その一節が静かに流れた瞬間、三人は一瞬だけ言葉を失った。
 「……よし、これは決まりだな」
 充が深く頷いた。
 続いて祐貴がコメント欄の文章を手直ししていく。
 「リスク管理の観点からも、実績として市民動員数は増加傾向、商店街連携も安定、メディア露出も地域評価に寄与——」
 「ほんっと祐貴って冷静だよな……」
 健吾が呆れつつも感心する。
 「冷静じゃないと、この書類戦争は勝てないの」
 祐貴はさらりと言い切る。
 そして最後に充が細部の校正を徹底的に行い、余白のレイアウトまで微調整して仕上げた。
 「……完成」
 深夜の機内、三人は同時に深く息を吐いた。
 窓の外には、遠ざかるシベリアの銀白の大地が静かに広がっていた。



 朝焼けに染まる雲海が窓の向こうに広がる中、三人はしばらく無言でその光景を眺めていた。
 「……なあ、充」
 健吾がぽつりと呟く。
 「俺、思うんだけどさ……この景色も全部、“舞台”みたいだよな」
 「うん」
 充は窓の向こうの赤く染まる大地を見つめながら応えた。
 「俺たちはさ……この半年間、ずっと“舞台の中の登場人物”だったんだと思う。計画通りなんて一度も行かなくて、毎回アドリブばっかりで——でも、その都度みんなが支えて、光が生まれて」
 「その光を繋いで、今がある」
 祐貴も小さく頷く。
 「……本番はまだ先だけどな」
 「だな」
 充は小さく笑った。
 「けど、俺は今ようやくわかったよ。“完全な完成”なんてたぶん一生来ない。でも、途中途中に生まれる光が、俺たちにとっての正解なんだって」
 「……光は、揃っていなくても輝く」
 健吾が咲来の台詞を口にした。
 「うん。だから、まだもう少しだけ走ろう」
 機体はゆっくりと降下を始めた。
 日本の地平が朝陽に照らされて浮かび上がる。
 「帰ってきたな」
 祐貴の声が妙にしみじみと響いた。
 次の舞台は、母国・清栄の市議会。
 劇場存続の命運をかけた最終審査が待っていた。
(第24話「雪解けのエンディングノート」執筆 End)