十二月中旬、市立芸術高校の講堂。
 サンクトペテルブルク遠征の本番ステージ当日が訪れた。氷点下の気温に凍える街だが、講堂の中は暖房が効き、静かな熱気に満ちていた。
 現地高校の生徒たちと、清栄高校のチームが揃ってステージに立つ。両国合同の文化交流ステージ、ついに本番である。
 舞台袖で充は最後の確認をしていた。
 「イヴァン、照明ラインは?」
 「安定作動中。寒冷地仕様、全センサー反応良好」
 「シェイアン、美術セットの最終チェックは?」
 「可動部の固定も全てクリア。多少の揺れは演出に吸収できる」
 「凌太、音響準備は?」
 「予定の即興コラボも全部読み込んだ。ロシア側バイオリンパートとの同期もバッチリだ」
 充は頷き、深く息を吸い込んだ。
 ——失敗を繰り返してきた自分たちが、ここまで来た。
 その時、幕の隙間から会場を覗いていた紗季が小声で報告した。
 「……すごいよ。満席だよ!」
 ホールの客席はぎっしり埋まり、期待の視線がステージに注がれていた。現地メディアのカメラも何台も入っている。
 「緊張してきた……」
 健吾が小さくつぶやくと、咲来がそっと背中を叩いた。
 「大丈夫。これまでの全部を、今ここに置いていこう」
 ステージ幕が静かに開いていく。
 その瞬間、清栄高校とロシア芸術高校の合同ステージが始まった。



 ステージ中央に咲来が立つ。スポットライトがふわりと彼女を包み込む。
 「——二つの国が交わる今日、この光のステージで、私たちは一つの物語を紡ぎます」
 朗読が始まると、ロシア側の学生たちがバイオリンで静かに伴奏を重ねた。和音が柔らかく重なり、ゆるやかに観客を物語の世界へ誘う。
 続いて紗季が衣装の裾を翻して踊り、揺らめく布が光を反射する。イヴァンの照明は、その動きに呼応するかのように星空のような光を生み出していく。
 「……これが、清栄の“可変演出”か……」
 現地スタッフの誰かが小さく呟く。
 続いて凌太のギターが軽やかに跳ね、会場の空気が少しずつ熱を帯びていった。観客は固唾を飲んで見つめている。
 中盤、咲来の即興朗読がロシア語で始まった瞬間、客席がどっと沸いた。
 「Ты — свет внутри себя.(光は、あなたの中にある)」
 「すごい……!」
 現地の高校生が感嘆する。咲来は事前に覚えた短いロシア語の台詞を、完璧に使いこなしていた。
 そして終盤。シェイアンが仕掛けた美術セットがゆっくりと動き出す。氷柱を模した透明なセットが、照明の反射を受けて虹色に輝く。
 「……これが“揺らぎを計算した美学”……!」
 現地の美術教師が目を見開く。
 そしてフィナーレ。
 「光は揃わなくても、美しい——」
 咲来の最後の台詞と同時に、全照明が徐々に消えていき、最後はイヴァンの特殊残光プログラムが淡くステージ全体を光のオーロラのように包み込んだ。
 ——静寂。
 わずかな間を置いて、客席が大きく沸き立つ。
 割れんばかりの拍手と歓声がホールを満たした。
 「……成功だ!」
 健吾が泣きながら呟いた。
 氷点下の共演は、大成功を収めたのだった。
(第22話「氷点下の共演」執筆 End)