ステージの向こうで、僕らは光になる

 十二月上旬、サンクトペテルブルク市内の公園特設リンク。
 遠征初日夜——予想外の事態が起こっていた。
 「観客が……いない」
 舞台袖に立つ充が、思わず小声で呟いた。氷上リンクの周囲にはほんのわずかな通行人が立ち止まっているだけ。事前の宣伝不足が響き、予定していた動員数には到底届いていなかったのだ。
 「これじゃ公演にならないよ……」
 紗季が凍える手を擦りながら不安げに言う。
 「だが、ここで黙って引き下がるわけにはいかない」
 凌太がギターを肩にかけながら言った。
 「俺が先に行く。即興で演奏するから、観客を集めよう」
 「凌太……!」
 咲来が息を飲む。
 「紗季、旗出して。イヴァン、照明スタンバイ。シェイアン、布幕演出を」
 充が即座に指示を飛ばす。
 そして凌太が氷上に一人で歩み出た。吹き付ける雪に負けじと、ギターの音色が響き始める。
 ——カラン、カラン、カラン。
 軽快なスウィングビートに乗せて、彼はロシア語の即席挨拶まで始めた。
 「Добрый вечер!(こんばんは!)——友だちになろうぜ!」
 通行人たちが足を止め、スマホを構え始める。紗季が鮮やかに布旗を振り、イヴァンが追随するようにライトを星型に揺らした。
 「わぁ……なんか面白そう!」
 「何かやってるぞ!」
 次第に人の輪が広がっていく。



 凌太の即興演奏は、ますます勢いを増していった。
 「さあ、みんなで一緒に手拍子しよう! Раз, два, три!(ワン、ツー、スリー!)」
 リズムに乗せて、ロシア語のカウントが響く。通りがかりの親子が小さな手を叩き、周囲の人々も自然と手拍子を始めた。
 「シェイアン、次の布幕いける?」
 充が舞台袖から声を飛ばす。
 「いける! 風を読む!」
 シェイアンは慎重に布を解き放った。白と金の長いシルク布が空中を舞い、リンクの光を受けて雪の粒と踊る。イヴァンはその動きを計算し尽くして光を操る。
 「これ……すごい!」
 観客たちから驚きの声が漏れ始める。
 ——そして、それはじわじわと“バズ”のような効果を生み出していた。
 現地高校生のSNSグループが、リアルタイムで映像をアップし始めたのだ。
 「すごいの始まってる!」「なんか日本の高校生が路上でショーやってるぞ!」「みんな集合!」
 リンクの周囲には、いつの間にかどんどん人が集まってきた。二重三重の輪ができ、予定外の大観衆になりつつある。
 「まさかここまで伸びるとは……」
 祐貴が小さく苦笑した。
 「失敗は、逆手に取ればチャンスになる」
 咲来がそっと呟く。
 その時、吹雪が再び強まった。
 風が布幕を激しく煽り、紗季の旗が危うく絡みそうになる——
 「紗季!」
 「大丈夫! これも揺らぎの演出にする!」
 紗季は旗を振る速度を逆に緩め、布の舞いをゆっくり波打たせた。イヴァンが即座に光の角度を補正し、氷上全体がまるでオーロラのように揺らめいた。
 観客たちがどよめき、拍手が一層大きくなる。
 こうして、吹雪の幕開けは、むしろ清栄高校の名を鮮やかに知らしめる夜となったのだった。
(第21話「吹雪の幕開け」執筆 End)