十二月上旬、サンクトペテルブルク郊外。
異国の冷たい空気が、肌に突き刺さるようだった。氷点下十度を下回る冬の朝、吹雪が去った直後の仮設屋外リンクに、充たちのチームは立っていた。
当初予定されていた市立ホールはダブルブッキングで使用不可となり、急遽屋外リンクでの代替公演が決まったのだ。幸運なのか不運なのか、誰も判断できないまま準備が始まった。
「これ……本当に氷上でやるの?」
紗季が両手を擦りながら呟いた。スケートリンクの表面はまだ薄く霜が残っている。
「リスクは高いけど、逆に言えば滅多にできない経験だよ」
凌太が肩を竦める。
「でも機材は?」
「……そこだ」
イヴァンがゆっくりとリンク中央に出た。
新しく手配された照明機材が大型クレーンで吊り下げられ、リンク周囲の仮設フレームに設置されていく。
「極寒対応の寒冷地仕様。発熱量も抑えてあるが……氷の融解リスクはゼロではない」
「この環境でテストできるのは、逆にありがたい」
シェイアンが静かに続ける。
「光の反射は……むしろ美しいかもしれない」
イヴァンはリモート操作パネルを起動させた。
照明がリンク全面をゆっくり照らし出すと、氷の表面が青白く光り、空気中の結晶がキラキラと浮かび上がった。
「……うわぁ……」
紗季が思わず声を漏らす。
「これ、狙い通りじゃないか?」
祐貴も目を見開いた。
その時、現地の高校生たちがリハーサル見学にやってきた。通訳を兼ねた文化交流担当職員が挨拶に来る。
「あなたたちが、清栄高校のチームですね?」
「はい! ルミナステージ再生チームです!」
健吾が胸を張ると、ロシア側のスタッフたちが微笑んだ。
「日本の生徒たちが、こんな寒い中、屋外でステージを作るなんて驚きです。でも……勇気あるね!」
「……僕ら、失敗に慣れてますから!」
紗季が茶目っ気たっぷりに言って、皆に笑いが広がった。
夕方になると、気温はさらに下がった。吐く息が白く漂い、イヴァンの操作する照明は氷上に幻想的な光の帯を描き続けていた。
「イヴァン、本番でもこの反射はキープできそう?」
充が問いかける。
「可能。だが——吹雪が再来した場合、視界ゼロになる」
「ふむ……それはもう自然任せだな」
祐貴が肩を竦める。
「でも、正直ここまで幻想的になるとは思わなかった……」
咲来も思わず見惚れていた。
そのとき現地高校の照明技術担当の青年が、恐る恐るイヴァンに声をかけた。
「あなた、すごく細かくセンサー調整してる。どうやってる?」
イヴァンは一瞬言葉を探したが、丁寧に説明し始めた。
「風向きに対して反射軸を微調整。氷の凹凸は一定じゃない。センサーがそれを検出して、即時補正をかける」
「すごい……こんな即応型制御、初めて見た!」
現地スタッフは驚きと尊敬の入り混じった表情でイヴァンのタブレットを覗き込んでいた。
「協力、要る?」
「もちろん! 教えてほしい!」
やがて、イヴァンと現地スタッフたちは技術談義で盛り上がり始めた。
その様子を舞台袖で見守っていたシェイアンが、ぽつりと呟く。
「……こういう形の“文化交流”も、悪くない」
咲来が微笑む。
「そうだね。舞台の裏方同士も国境を越えて繋がる。すごく素敵なことだと思う」
氷上のリハーサルは、ただのテストではなく、着実に新たな絆を育て始めていた。
やがて夜が訪れ、氷上には満天の星が浮かび上がった。
——まるで、彼らが作り出した光と呼応するかのように。
(第20話「氷上のリハーサル」執筆 End)
異国の冷たい空気が、肌に突き刺さるようだった。氷点下十度を下回る冬の朝、吹雪が去った直後の仮設屋外リンクに、充たちのチームは立っていた。
当初予定されていた市立ホールはダブルブッキングで使用不可となり、急遽屋外リンクでの代替公演が決まったのだ。幸運なのか不運なのか、誰も判断できないまま準備が始まった。
「これ……本当に氷上でやるの?」
紗季が両手を擦りながら呟いた。スケートリンクの表面はまだ薄く霜が残っている。
「リスクは高いけど、逆に言えば滅多にできない経験だよ」
凌太が肩を竦める。
「でも機材は?」
「……そこだ」
イヴァンがゆっくりとリンク中央に出た。
新しく手配された照明機材が大型クレーンで吊り下げられ、リンク周囲の仮設フレームに設置されていく。
「極寒対応の寒冷地仕様。発熱量も抑えてあるが……氷の融解リスクはゼロではない」
「この環境でテストできるのは、逆にありがたい」
シェイアンが静かに続ける。
「光の反射は……むしろ美しいかもしれない」
イヴァンはリモート操作パネルを起動させた。
照明がリンク全面をゆっくり照らし出すと、氷の表面が青白く光り、空気中の結晶がキラキラと浮かび上がった。
「……うわぁ……」
紗季が思わず声を漏らす。
「これ、狙い通りじゃないか?」
祐貴も目を見開いた。
その時、現地の高校生たちがリハーサル見学にやってきた。通訳を兼ねた文化交流担当職員が挨拶に来る。
「あなたたちが、清栄高校のチームですね?」
「はい! ルミナステージ再生チームです!」
健吾が胸を張ると、ロシア側のスタッフたちが微笑んだ。
「日本の生徒たちが、こんな寒い中、屋外でステージを作るなんて驚きです。でも……勇気あるね!」
「……僕ら、失敗に慣れてますから!」
紗季が茶目っ気たっぷりに言って、皆に笑いが広がった。
夕方になると、気温はさらに下がった。吐く息が白く漂い、イヴァンの操作する照明は氷上に幻想的な光の帯を描き続けていた。
「イヴァン、本番でもこの反射はキープできそう?」
充が問いかける。
「可能。だが——吹雪が再来した場合、視界ゼロになる」
「ふむ……それはもう自然任せだな」
祐貴が肩を竦める。
「でも、正直ここまで幻想的になるとは思わなかった……」
咲来も思わず見惚れていた。
そのとき現地高校の照明技術担当の青年が、恐る恐るイヴァンに声をかけた。
「あなた、すごく細かくセンサー調整してる。どうやってる?」
イヴァンは一瞬言葉を探したが、丁寧に説明し始めた。
「風向きに対して反射軸を微調整。氷の凹凸は一定じゃない。センサーがそれを検出して、即時補正をかける」
「すごい……こんな即応型制御、初めて見た!」
現地スタッフは驚きと尊敬の入り混じった表情でイヴァンのタブレットを覗き込んでいた。
「協力、要る?」
「もちろん! 教えてほしい!」
やがて、イヴァンと現地スタッフたちは技術談義で盛り上がり始めた。
その様子を舞台袖で見守っていたシェイアンが、ぽつりと呟く。
「……こういう形の“文化交流”も、悪くない」
咲来が微笑む。
「そうだね。舞台の裏方同士も国境を越えて繋がる。すごく素敵なことだと思う」
氷上のリハーサルは、ただのテストではなく、着実に新たな絆を育て始めていた。
やがて夜が訪れ、氷上には満天の星が浮かび上がった。
——まるで、彼らが作り出した光と呼応するかのように。
(第20話「氷上のリハーサル」執筆 End)


