十一月下旬、シベリア鉄道車内。
 遥か東から西へ、白銀の大地を突き進む長大な列車がゆっくりと雪原を渡っていた。
 ガタン、ゴトン——規則正しい振動と揺れが心地よい子守唄のように響く。
 充たち清栄高校演劇再生プロジェクトの面々は、シェイアンの母国・ロシアへと移動中だった。今回の遠征先、サンクトペテルブルクまではモスクワからさらにシベリア鉄道を乗り継ぐ長旅だ。
 「すごいなぁ、本当に一面の雪だ……」
 紗季が窓の外を眺めながら感嘆の声を上げる。吹雪混じりの平原は果てしなく続いていた。
 「……この広さは、本当に桁違いだね」
 咲来も静かに頷いた。
 「ねえ、あのトナカイみたいな動物、なんて名前?」
 「ムース、だな」
 イヴァンが淡々と答えた。
 「うわー、初めて生で見た!」
 そんな中でも、凌太は相変わらずギターを抱えて指を動かしていた。
 「こういう旅の雰囲気も、音に取り込めそうだよな」
 「せっかくなら今、即興ライブでもやる?」
 倫子が提案すると、凌太がにやっと笑う。
 「いいね。じゃあやってみるか」
 凌太のギターが軽快なリズムを刻み始める。
 すぐに咲来が即興朗読で乗った。
 「——白い大地を越えて、僕らは光の国へ向かう。凍える風が頬を叩く。でも、その痛みすら僕らの物語になる——」
 車内の乗客たちが次第にこちらを振り向き始める。どこかの子どもが手拍子を始め、他の乗客も次々と拍手を重ねていった。
 音楽は言葉の壁を越えて一つに溶けていく。



 車内の即興パフォーマンスは、まるで小さな舞台のように乗客たちを巻き込んでいった。
 「すごいぞ、どんどん集まってきてる!」
 健吾が驚いた声を上げる。
 年配のロシア人女性がリズムに合わせて手を打ち、若いカップルはスマホを構えて動画を撮っていた。幼い子どもたちは簡単なダンスを真似して跳ね回る。
 「これ、もう完全に国際交流だよ!」
 紗季が嬉しそうに笑う。
 「こういう即興性が、僕たちの強みになりつつあるな……」
 充も自然と頬を緩ませた。
 演奏が終わると、車内から大きな拍手が起こった。凌太が深く頭を下げると、周りの大人たちが小銭を手に押し寄せ始めた。
 「え、あ、いや、これは投げ銭のつもりじゃなくて——」
 咲来が慌てて手を振ったが、乗客たちはにこやかに押し付けるように硬貨や紙幣を置いていく。
 「きっと旅の祝いって意味なんだよ」
 シェイアンが小声で訳す。
 「あ……そ、そうなんだ……」
 ポケットサイズの小さな帽子が、即席の“募金箱”のように膨らんでいった。
 「ちょっと待って、これ意外とバカにならない額になってない?」
 知香が冷静に計算し始める。
 「むしろ……機材紛失分の予備費、これで補填できるんじゃ?」
 祐貴がポンと手を叩いた。
 「まさかここで資金調達するとはな」
 凌太が苦笑する。
 「旅先でも舞台は生まれる——まさにだな」
 充がしみじみと呟いた。
 白銀の景色の中を、シベリア超特急は進み続ける。
 彼らの舞台は、国境を越えて静かに広がり始めていた。
(第19話「吹雪のシベリア超特急」執筆 End)