十月中旬、生徒会室。
 文化祭公演の成功に湧いた清栄高校だったが、充たちのプロジェクトはさらに大きな課題に直面していた。
 ——ロシア遠征の予算だ。
 「はっきり言って、今の部費じゃ全然足りない」
 知香が淡々とタブレットの予算表を見せた。そこには渡航費、滞在費、機材輸送費、保険、現地通訳代と、現実的な数字が並んでいる。
 「支援金の交渉も並行して進めてるけど……残りの不足分は結局、生徒会と外部スポンサー次第」
 「つまり……」
 充が重い声を出す。
 「生徒会の予算割当を取れなきゃ、遠征は不可能ってことだな」
 生徒会の予算会議は年内最大の交渉戦だ。冬の遠征費を確保するには、他の部活の予算申請とも競合する。しかもこのプロジェクトはまだ“仮活動扱い”で、正式な文化部扱いではない。
 「つまり僕が交渉に行くわけだ」
 祐貴が静かに手を挙げる。
 「いつもながら頼もしいな、水城外交官」
 凌太が苦笑した。
 「でも本気で取りに行かないと、他の部が容赦なく予算食ってくるぞ」
 「わかってる。交渉は腹芸だ」
 祐貴がにやりと笑う。
 そして数日後、生徒会の予算調整会議が開かれた。
 各部の代表が次々と熱弁を振るう。演劇部、吹奏楽部、美術部、放送部——皆がそれぞれの活動の必要性を訴える。
 会議室の空気は殺気立っていた。限られた予算をどう奪い合うか。静かな神経戦が続く。
 そんな中、祐貴は淡々とプレゼンを開始した。
 「清栄高校演劇再生プロジェクトは、単なる部活動の枠を超えた地域文化資産活用モデルです。文化祭での実績、市民協賛、議会仮承認、さらに今後の国際交流——すべてが学校全体の評価にも繋がる投資です」



 祐貴のプレゼンは、他のどの部活とも違っていた。派手な情熱ではなく、冷静で論理的、そして抜群の交渉感覚が光っていた。
 「将来的にこのプロジェクトが成功すれば、清栄高校のPR映像や推薦実績にも活用できます。市役所や商店街との連携も実績として残るでしょう」
 生徒会の執行部がざわざわと反応を示し始める。
 「地域連携か……」「商店街との協力実績は強いな……」
 対抗する部代表が食い下がる。
 「でも国際遠征って、ほぼ旅行だろ? 本当に教育的意義があるのか?」
 その問いに祐貴は即座に答える。
 「異文化交流は現代教育の核心です。今回の遠征先であるサンクトペテルブルクは、文化都市として世界的にも評価が高く、現地芸術高校との共同ステージは清栄の交流実績として後年残ります」
 「でも、予算がねえ……」
 体育祭実行委員の予算担当がぼやく。
 「むしろ少額でこれだけ広がる投資効果は珍しいです。必要な協賛は既に一定数確保済み。今、学校が後押しすれば“清栄ブランド”として市からの評価も変わりますよ?」
 祐貴は淡々と追撃していく。
 「それでも仮に成果が出なかったら?」
 誰かが半ば嫌味混じりに言った。
 祐貴は少し笑って肩を竦めた。
 「その時は……まあ、僕が責任取って生徒会議事録から“遠征失敗”の表現を綺麗に消しましょう」
 周囲がどっと笑った。
 祐貴の“水に流す外交術”は、ここでも冴え渡ったのだった。
 数時間後、最終割当案が提示された。
 ——清栄高校演劇再生プロジェクト、冬遠征費、仮承認。
 「……取った!」
 会議室を出た瞬間、知香が小さくガッツポーズを取った。
 「祐貴、さすが!」
 「ま、当然の仕事をしたまで」
 祐貴は涼しい顔でポケットに手を突っ込んだまま微笑んだ。
 こうして冬の舞台は、いよいよ本格的に動き出すのだった。
(第17話「冬遠征チケット争奪戦」執筆 End)