十月上旬、成田空港。
到着ゲート前で、充たちはスーツケースを持った外国人の青年を出迎えていた。背が高く細身、淡いブロンドの髪に鋭くも澄んだ瞳——シェイアンが、ついに日本に到着したのだ。
「……ああ、緊張するなあ」
紗季がそわそわと手を握りしめる。
「大丈夫。彼はイヴァンが責任持って推薦してくれたんだし」
咲来が静かに微笑む。
「……来た」
イヴァンが短く呟く。
ゲートの向こうから現れたシェイアンは、一瞬こちらを探すように目を走らせたが、すぐにイヴァンを見つけて穏やかに頷いた。そして、充たちの前にゆっくりと歩み寄ってきた。
「はじめまして、シェイアン・ルソーです」
流暢な日本語だった。やや硬さはあるが、綺麗な発音だ。
「ようこそ清栄高校へ! 代表の充です。こちらが……」
メンバーたちが次々と自己紹介する。シェイアンは礼儀正しく一人ずつに丁寧なお辞儀を返していった。
「演劇再生プロジェクトに加わるのを、心から楽しみにしていました。でも……期待に応えられるかは……わかりません」
控えめに微笑んだその言葉に、一瞬空気が微妙に揺れる。
「シェイアンくん、そんなに緊張しなくていいよ!」
紗季が慌てて手を振る。
「そうだ。ここはみんな失敗しながら進んできたチームだから」
凌太がにやっと笑う。
「失敗は歓迎されるんですか?」
「むしろネタにして乗り越えるのが得意です」
知香が即答した。
その時、イヴァンが少しだけシェイアンに耳打ちするように言葉を添えた。
「……怖がらなくていい。ここは“理想を壊して作る場所”だ」
シェイアンは驚いたようにイヴァンを見た。ほんの一瞬、彼の瞳がわずかに潤んだように見えた。
「ありがとう。……努力します」
こうして新たな仲間が正式に加わった。舞台は、ますます多文化色を強めていくことになる。
翌日。文化部合同の特別朝礼が行われた体育館に、シェイアンの存在は一気に広まった。
「え、あの金髪の人が?」「演劇部に入ったんだって!」「清栄の劇場プロジェクト、やばくない?」
生徒たちのざわめきは期待と好奇心に満ちていた。
「国際色豊かなステージ作りは、議会への良いアピール材料になるぞ」
祐貴が舞台袖で充に小声で囁く。
「文化交流という新たな大義名分だな……ありがたい」
充も頷く。
その日からシェイアンはさっそく稽古に加わった。だが——
「……うーん、うまく噛み合わないな」
凌太が苦笑しながらギターを抱えて頭を掻いた。
台本の演出プランについて話し合っていたはずが、シェイアンは細部の美術設定にこだわりすぎて、なかなか進まなくなっていたのだ。
「この幕の折り返しは、美学的に均等すぎます。揺らぎの中心がここだと……不自然です」
「えーっと、でも実際の風はランダムだし、その不均等さが逆に自然に見えたりも——」
「自然とは、本質の秩序を含んだ上での偶然です」
「うわあ、めっちゃ哲学的だ……」
紗季が苦笑する。
「……シェイアン。もちろん細部の理想も大事だけど、時には“揺らぎも素材の一部”と捉えて柔軟に組んだ方が、実際の舞台では映えることも多いんだ」
咲来がゆっくりと言葉を選んで伝えた。
「……柔軟に……」
シェイアンは小さく呟いて沈思黙考に入る。周りは慣れたように見守っていた。
その様子を見ながら、充は心の中でそっと笑った。
——これはきっと、時間が必要なプロセスだ。
彼の“理想主義”は、裏を返せば舞台を誰よりも真剣に捉えている証でもあった。
「でも、こういう人が加わってくれてよかったよね」
健吾が感慨深げに言うと、イヴァンが短く答えた。
「違う視点が混ざると、光は深くなる」
その言葉に、皆が静かに頷いた。
清栄高校の劇場再生計画は、また一歩前へと進み始めていた。
(第16話「交換留学生、来日す」執筆 End)
到着ゲート前で、充たちはスーツケースを持った外国人の青年を出迎えていた。背が高く細身、淡いブロンドの髪に鋭くも澄んだ瞳——シェイアンが、ついに日本に到着したのだ。
「……ああ、緊張するなあ」
紗季がそわそわと手を握りしめる。
「大丈夫。彼はイヴァンが責任持って推薦してくれたんだし」
咲来が静かに微笑む。
「……来た」
イヴァンが短く呟く。
ゲートの向こうから現れたシェイアンは、一瞬こちらを探すように目を走らせたが、すぐにイヴァンを見つけて穏やかに頷いた。そして、充たちの前にゆっくりと歩み寄ってきた。
「はじめまして、シェイアン・ルソーです」
流暢な日本語だった。やや硬さはあるが、綺麗な発音だ。
「ようこそ清栄高校へ! 代表の充です。こちらが……」
メンバーたちが次々と自己紹介する。シェイアンは礼儀正しく一人ずつに丁寧なお辞儀を返していった。
「演劇再生プロジェクトに加わるのを、心から楽しみにしていました。でも……期待に応えられるかは……わかりません」
控えめに微笑んだその言葉に、一瞬空気が微妙に揺れる。
「シェイアンくん、そんなに緊張しなくていいよ!」
紗季が慌てて手を振る。
「そうだ。ここはみんな失敗しながら進んできたチームだから」
凌太がにやっと笑う。
「失敗は歓迎されるんですか?」
「むしろネタにして乗り越えるのが得意です」
知香が即答した。
その時、イヴァンが少しだけシェイアンに耳打ちするように言葉を添えた。
「……怖がらなくていい。ここは“理想を壊して作る場所”だ」
シェイアンは驚いたようにイヴァンを見た。ほんの一瞬、彼の瞳がわずかに潤んだように見えた。
「ありがとう。……努力します」
こうして新たな仲間が正式に加わった。舞台は、ますます多文化色を強めていくことになる。
翌日。文化部合同の特別朝礼が行われた体育館に、シェイアンの存在は一気に広まった。
「え、あの金髪の人が?」「演劇部に入ったんだって!」「清栄の劇場プロジェクト、やばくない?」
生徒たちのざわめきは期待と好奇心に満ちていた。
「国際色豊かなステージ作りは、議会への良いアピール材料になるぞ」
祐貴が舞台袖で充に小声で囁く。
「文化交流という新たな大義名分だな……ありがたい」
充も頷く。
その日からシェイアンはさっそく稽古に加わった。だが——
「……うーん、うまく噛み合わないな」
凌太が苦笑しながらギターを抱えて頭を掻いた。
台本の演出プランについて話し合っていたはずが、シェイアンは細部の美術設定にこだわりすぎて、なかなか進まなくなっていたのだ。
「この幕の折り返しは、美学的に均等すぎます。揺らぎの中心がここだと……不自然です」
「えーっと、でも実際の風はランダムだし、その不均等さが逆に自然に見えたりも——」
「自然とは、本質の秩序を含んだ上での偶然です」
「うわあ、めっちゃ哲学的だ……」
紗季が苦笑する。
「……シェイアン。もちろん細部の理想も大事だけど、時には“揺らぎも素材の一部”と捉えて柔軟に組んだ方が、実際の舞台では映えることも多いんだ」
咲来がゆっくりと言葉を選んで伝えた。
「……柔軟に……」
シェイアンは小さく呟いて沈思黙考に入る。周りは慣れたように見守っていた。
その様子を見ながら、充は心の中でそっと笑った。
——これはきっと、時間が必要なプロセスだ。
彼の“理想主義”は、裏を返せば舞台を誰よりも真剣に捉えている証でもあった。
「でも、こういう人が加わってくれてよかったよね」
健吾が感慨深げに言うと、イヴァンが短く答えた。
「違う視点が混ざると、光は深くなる」
その言葉に、皆が静かに頷いた。
清栄高校の劇場再生計画は、また一歩前へと進み始めていた。
(第16話「交換留学生、来日す」執筆 End)



