九月初旬。夏休みが明けた清栄高校の廊下は、文化祭準備に向けて活気を取り戻していた。
 教室の黒板には「文化祭実行委員会」の大きなポスター、廊下には立て看板と出店告知の手書きチラシが貼られている。
 そんな中、咲来と倫子は文化祭実行委員会室の前に立っていた。
 「緊張する?」
 倫子がニヤリと咲来に小声で聞く。
 「少し……でも、もう決めたから」
 咲来は静かに深呼吸した。手には、再構成した新しい脚本の申請書が握られている。
 プレ公演の失敗から一ヶ月。あの夜の反省と新たなアイデアを全部詰め込み、文化祭に向けて大幅に脚本を練り直してきたのだ。
 倫子がドアをノックすると、中から「どうぞー」という元気な返事が返ってきた。
 文化祭実行委員長の三年生・綾部先輩が迎えてくれた。小柄だが鋭い目をした、いかにも仕事のできる女子生徒だ。
 「お、清栄ステージ再生組。どうした?」
 「文化祭の特設ステージ枠、申請に来ました」
 咲来が静かに申請書を差し出す。
 「お、やっと来たね。みんな噂してたよ。プレ公演、だいぶ盛り上がったらしいじゃん?」
 綾部先輩は書類をめくりながら言った。
 「……盛り上がったというより、盛り上がりかけて崩れました……」
 咲来が苦笑すると、倫子がすかさず付け加える。
 「でもその崩壊から、新しい脚本が生まれたんです!」
 「ふーん?」
 綾部先輩の眉がピクリと動く。
 「今回は“観客の反応も物語の一部に組み込む”実験演出を入れてます」
 「観客参加型?」
 「厳密には“参加という意識を自然に誘導する”構造です。静かに観てる人も、巻き込まれてる感覚になるように設計しました」
 倫子の説明に、綾部先輩が書類をじっと見つめる。
 「……面白い。けど難易度高いぞ」
 「それでもやります」
 咲来は力強く言い切った。
 綾部先輩はしばらく考えてから、にやっと笑った。
 「いいじゃん。挑戦しなきゃ文化祭なんて面白くないしね。——認可!」
 「ありがとうございます!」
 咲来と倫子はそろって頭を下げた。


 「それで、何分枠が欲しい?」
 綾部先輩が少し顔を近づけて尋ねてきた。
 「できれば……十七分ください」
 咲来が少し遠慮がちに言うと、委員会室の空気が一瞬止まった。普通の文化祭ステージは五分、長くて十分が定番だ。十七分は破格だった。
 「十七分……!?」
 「内容的に、序盤の導入と観客の反応を拾いながら進めるので、最低でもそのくらいは……!」
 咲来はしっかりと説明を続ける。倫子もすかさず補足した。
 「でも他の出し物を圧迫しないよう、転換時間は自分たちで全部処理します! 舞台美術も可動式にして、即時セット変更できるよう改良しました!」
 「なるほど……自前で即転換可能ってのは偉いな」
 綾部先輩は唸るように資料を睨んだ。
 「じゃあ——」
 沈黙のあと、ポンとハンコが押された。
 「特例扱いで認可。転換時間込み二十分枠で許可する。ただし、当日トラブルは自己責任だぞ?」
 「ありがとうございます!!」
 二人は深々とお辞儀した。
 部屋を出た瞬間、倫子が思わず叫んだ。
 「やったああああ!!」
 「ほんとに……取れた……!」
 咲来は胸に手を当てて大きく息を吐いた。
 「これで、本当に次のステージに進めるね」
 「うん。“観客と一緒に作る舞台”の第一歩!」
 文化祭に向けて、物語は新しいフェーズに入った。
 その夜、充たち全員が招集された。
 「特設ステージ、正式決定だ!」
 咲来が報告すると、紗季が大きく手を叩いて喜んだ。
 「よかったぁあああ!!」
 「これで次は本格的に動けるな」
 祐貴もにやりと笑う。
 「脚本は完成間近、音楽も編成を柔軟に変えられるバージョン作るよ」
 凌太が即座に宣言する。
 「照明、新プログラム組み直す」
 イヴァンも静かに頷いた。
 「衣装も揺らぎ演出の修正版を量産入る!」
 紗季の表情もやる気に満ちていた。
 「よし……!」
 充は改めて全員を見渡した。
 「ここからが本当の勝負だ。文化祭で、あの市議たちに『劇場存続の価値がある』って証明してやろう!」
 誰もが拳を握り、次なる舞台へ心を一つにした。
(第13話「文化祭への招待状」執筆 End)