中盤のクライマックス直前、問題は突然起きた。
 突如、強い風が吹きつけた。ゴォォォッと音を立てて、舞台幕が大きく膨らむ。
 「まずい!」
 イヴァンが咄嗟に照明タワーの固定具に目をやる。その瞬間、応急で固定していたワイヤーの一部がギシギシと嫌な音を立てた。
 次の瞬間——。
 バシッ!!
 支えが一本弾け飛び、小道具のセットパネルが倒れかける。
 「うわっ!?」
 舞台にいた紗季がよろけ、旗を持ったまま尻餅をついた。セットパネルが倒れ、反響音が場内に響き渡る。
 観客席からは、ザワザワと小さなどよめきが起こる。動揺が客席にも伝わっていく。
 「凌太、音下げて! イヴァン、残りの照明は?」
 充が舞台袖から声を飛ばす。
 「サブ回路は生きてる。中央照明は死んだ」
 「やれる範囲で続行だ!」
 凌太が即座にBGMをトーンダウンさせ、最低限の音響を保つ。だが明らかに観客席の空気は冷えていた。何人かは苦笑し、何人かは子どもを連れて帰ろうと立ち上がり始める。
 「……くそ」
 充が歯を食いしばったその時だった。
 舞台中央で転倒しかけた紗季が、必死に立ち上がった。そして笑顔を作ったまま、まだ倒れかけている旗布を逆に抱えて、ゆらゆらと大きく振り始めた。
 まるで即興の風演出のように。
 「あ……」
 咲来がすぐに気づき、朗読のトーンを切り替えた。
 「風が強まる——それでも、わたしたちは歌う!」
 凌太も即座にアップテンポのアレンジに切り替え、シェイアンがパネルの倒れた隙間から即興で布幕を流し込む。イヴァンは生き残った照明で側面から光を照らし直した。
 それは、奇妙に美しい一幕になった。
 風にたなびく紗季の旗、揺れる光、アドリブの音楽。決して計画通りではなかったが、なぜか“必死で進む芝居”そのものが舞台に乗っていた。
 しかし——
 観客の反応は半々だった。驚きと失笑。温かく見守る者、首をかしげる者。
 パフォーマンスが終わり、カーテンコールの時間が来た時、拍手はまばらだった。
 ——崩壊のカーテンコール。
 舞台袖に戻ってきた健吾は、耐えきれず号泣した。
 「……ごめん、僕がもっと事前に安全確認してたら……」
 「違う! 健吾のせいじゃない!」
 咲来がすぐに抱き寄せる。
 「……でも……失敗だよ……みんな一生懸命準備したのに……」
 健吾の涙は止まらなかった。
 その場にいた全員の胸に重たい敗北感がのしかかっていた。
(第10話「崩壊のカーテンコール」執筆 End)