七月下旬。サマー・プレ公演当日。
 午前中は真夏の強い日差しが照りつけていたが、午後になると徐々に風が強まってきた。客席にはぽつりぽつりと観客が集まり始めている。商店街の常連客、先生たち、家族、子ども連れの親子、興味本位で訪れた通りすがりの人々。全部で三十人ほど——決して多くはないが、それでも彼らの視線は真剣だった。
 「じゃあ……いよいよだな」
 充が舞台袖で深呼吸をした。
 今日の公演はあくまでリハーサルとはいえ、客前での初のパフォーマンスだ。緊張感が全員の背中に張り付いている。
 「問題は天気だよな」
 祐貴が舞台袖の隙間から空を見上げる。雲の流れが速くなり、風が舞台幕をふわりふわりと揺らしている。
 「突風さえこなければ大丈夫だ」
 イヴァンが短く答える。昨日の応急処置は確かに完璧に施された。だが絶対の安心はなかった。
 凌太がワイヤレスマイクを手にして冗談めかす。
 「最悪、途中で全部音楽劇に切り替えて、アカペラで乗り切るか」
 「アカペラで二時間は無理だろ」
 咲来が苦笑する。
 そして開演時間が迫る。カウントダウンの空気に、みんなの表情が少しずつ強張っていく。健吾は袖で早くも手をぎゅっと握り締めている。
 開演ベル代わりの鐘の音が、商店街から借りた古い真鍮の鐘で鳴らされた。
 カラン、カラン——。
 「開演です!」
 知香の声が響いた。
 ステージ上に照明が灯る。イヴァンが慎重にフェーダーを操作し、淡い光が舞台全体を包む。
 最初の朗読パート。咲来が柔らかな声で物語の冒頭を紡いでいく。
 「ここは光をなくした古い劇場。役者たちは迷い、そして再び“光”を探す——」
 そこから音楽パート、群舞、対話劇へと順調に進んでいった。
 ——だが、順調だったのは前半だけだった。