六月中旬。商店街は梅雨空の下でも、どこか活気があった。紫陽花の鉢植えが軒先に並び、濡れたアーケードの路面を行き交う人々が傘を揺らして歩く。
「……さて、ここからが正念場ね」
商店街の入り口に立ちながら、知香が小さく息を吐いた。隣では倫子がノートとペンを構え、楽しそうに頷いている。
「スポンサー交渉だよね。やっと現場ネタ取材って感じでワクワクする〜!」
「あなたは取材じゃなくて交渉の相方だからね?」
「うんうん、もちろん」
——今日は商店街の各店舗を回り、追加の協賛スポンサーを集める重要任務の日だった。
すでに商店街組合の朝霧会長の後押しで、数軒は協賛の内諾を得ていたが、材料費や小道具、美術セットの追加費用を考えると、さらに資金が必要だった。
「よし、まずは和菓子の『桜月堂』から行こうか」
二人はアーケードを歩き出した。
桜月堂は昔ながらの木造の小さな和菓子屋だ。ガラスケースの中には季節の生菓子が美しく並び、奥では主人が黙々と練り餡をこねている。
「いらっしゃいませ」
奥さんがにこやかに出迎えた。知香が深々と頭を下げる。
「先日ご相談させていただいた清栄高校の知香です。今日は正式なお願いに参りました」
「まあまあ、ご丁寧に。どうぞ中へ」
二人は用意してきた資料を丁寧に説明した。咲来の新たな台本草案、凌太の曲案、紗季とシェイアンの衣装・美術案——劇場再生計画の全貌が少しずつ形を帯びてきている。
「ほんとにまあ……若いのにしっかりしてるわねえ」
奥さんが微笑む。だがすぐに現実的な一言が続く。
「でも、宣伝効果ってのは、ほんとに出るかしら? 商売ってのはね、気持ちだけじゃ回らないのよ」
「はい。もちろんそれは承知しています」
知香は落ち着いた声で答えた。すぐに倫子が横から付け加える。
「でも、商店街の物語も取り入れようと思ってるんです!」
「物語?」
「はい。例えば桜月堂さんの昔の創業話とか、和菓子作りに込められた思いを脚本の中に組み込めます。登場人物が劇中で語ったら、きっと観客の印象に残りますよ」
「ほう……お話の中に?」
奥さんは目を丸くする。
「ええ! 例えば登場キャラが“ここの桜餅、毎年春になると母と一緒に食べに来た思い出があるんだ”とか。そうすると、観たお客さんが『今度行ってみよう』ってなりません?」
倫子は即興で小芝居まで始めた。まるで本当に台詞の一部のようだった。
奥さんの表情がじわじわと綻んでいく。
「まあ……面白い発想ねえ」
「……さて、ここからが正念場ね」
商店街の入り口に立ちながら、知香が小さく息を吐いた。隣では倫子がノートとペンを構え、楽しそうに頷いている。
「スポンサー交渉だよね。やっと現場ネタ取材って感じでワクワクする〜!」
「あなたは取材じゃなくて交渉の相方だからね?」
「うんうん、もちろん」
——今日は商店街の各店舗を回り、追加の協賛スポンサーを集める重要任務の日だった。
すでに商店街組合の朝霧会長の後押しで、数軒は協賛の内諾を得ていたが、材料費や小道具、美術セットの追加費用を考えると、さらに資金が必要だった。
「よし、まずは和菓子の『桜月堂』から行こうか」
二人はアーケードを歩き出した。
桜月堂は昔ながらの木造の小さな和菓子屋だ。ガラスケースの中には季節の生菓子が美しく並び、奥では主人が黙々と練り餡をこねている。
「いらっしゃいませ」
奥さんがにこやかに出迎えた。知香が深々と頭を下げる。
「先日ご相談させていただいた清栄高校の知香です。今日は正式なお願いに参りました」
「まあまあ、ご丁寧に。どうぞ中へ」
二人は用意してきた資料を丁寧に説明した。咲来の新たな台本草案、凌太の曲案、紗季とシェイアンの衣装・美術案——劇場再生計画の全貌が少しずつ形を帯びてきている。
「ほんとにまあ……若いのにしっかりしてるわねえ」
奥さんが微笑む。だがすぐに現実的な一言が続く。
「でも、宣伝効果ってのは、ほんとに出るかしら? 商売ってのはね、気持ちだけじゃ回らないのよ」
「はい。もちろんそれは承知しています」
知香は落ち着いた声で答えた。すぐに倫子が横から付け加える。
「でも、商店街の物語も取り入れようと思ってるんです!」
「物語?」
「はい。例えば桜月堂さんの昔の創業話とか、和菓子作りに込められた思いを脚本の中に組み込めます。登場人物が劇中で語ったら、きっと観客の印象に残りますよ」
「ほう……お話の中に?」
奥さんは目を丸くする。
「ええ! 例えば登場キャラが“ここの桜餅、毎年春になると母と一緒に食べに来た思い出があるんだ”とか。そうすると、観たお客さんが『今度行ってみよう』ってなりません?」
倫子は即興で小芝居まで始めた。まるで本当に台詞の一部のようだった。
奥さんの表情がじわじわと綻んでいく。
「まあ……面白い発想ねえ」



