六月初旬、市議会ロビーの空気は独特の重さを帯びていた。
 天井の高いガラス張りのロビーの中央に、充と健吾が立っている。傍らには咲来、凌太、紗季、知香、倫子、祐貴、イヴァン、シェイアン――全員が揃っていた。
 今日は市議会の臨時審査日。屋外劇場の取り壊しに関する一次審査が行われる日だった。市議会本会議室の前に設けられたこのロビーで、事前説明と資料提出が求められている。
 「大丈夫だよ、健吾。今まで準備してきたことを、落ち着いて話せばいい」
 充が隣の健吾に声をかける。だが健吾の肩は明らかに強張っていた。手に持った資料ファイルがわずかに震えている。
 「……うん、うん……だけど……あぁ、ダメだ緊張してきた……」
 「深呼吸だ、健吾。君が一番このプロジェクトに真剣だろ?」
 祐貴が後方から軽く背中を押した。
 ロビーに次々と市議たちが入ってくる。議員の視線がじわじわとこちらに集まり、空気がますます重くなる。
 「さて——では、君たちに話を聞こう」
 中心に立ったのは市議会文化委員長の白坂議員だった。背筋の伸びた威圧感のある年配の男性。事前に提出された「劇場再生計画書」に目を通している様子だった。
 充が一歩前に出て、深々と頭を下げた。
 「本日はお時間をいただきありがとうございます。県立清栄高校演劇再生プロジェクトの代表、二年の高森充です。今日は我々の思いをお伝えしに来ました」
 続いて健吾がゆっくりと前に出る。震える手でファイルを持ちながら、懸命に口を開く。
 「こ、ここに……これまでの活動記録と、協賛店舗の一覧、進行計画の詳細をまとめました……」
 市議たちが静かに資料を手に取る。重い沈黙。健吾はさらに言葉を続ける。
 「ぼ、僕たちは……この劇場が好きなんです。古くて、今は使われなくなって……だけど……だけど、ここには、ここにしかない空があるんです! 空の下で観客も演者も一緒になれる、この開けたステージが……」
 健吾の声が一段高くなり、少し震えた。目尻が赤くなってきている。彼の内側から、言葉が止まらなく溢れてくる。
 「最初は、ただ“壊さないでほしい”って思っただけでした。でも今は違います。僕たちは——ここで、みんなで、“光”を探したい。僕らにしか作れない、新しい舞台を作りたいんです!」
 言葉の最後が少し涙声になった。健吾は思わず目を擦るが、もう視界は滲んでいた。
 市議たちは思わず顔を見合わせる者もいた。
 それでも健吾は止まらなかった。
 「……市民の皆さんにも来てほしい。昔みたいに子どもたちが笑って、大人が拍手して、夜空に光が舞うような……そんな場所にしたいんです!」
 涙で真っ赤になった目のまま、深々と頭を下げた。
 ——ロビーの空気が、静かに変わった。
 資料をめくっていた白坂議員も、ゆっくりと顔を上げる。
 「……情熱は、伝わった」