五月の陽射しが眩しくなってきた頃、被服室の窓は大きく開け放たれていた。ミシンの軽快な音が響く中、紗季は額に薄く汗を浮かべながら布を縫い続けていた。
 「うーん……やっぱりこのオレンジ、ちょっと強すぎるかな?」
 紗季は生地を持ち上げ、光に透かして眺めた。多文化ライブショーのメイン衣装として提案していた試作衣装は、まるで太陽の光を纏うようなデザインに仕上げる予定だ。
 「もっと柔らかいグラデーションにしたいなあ……でも、染料の配合が微妙なんだよね……」
 ミシンの糸が絡まって針が止まる。
 「あわわわ!また絡まったぁ!」
 紗季は慌てて針元をいじるが、余計に絡まりがひどくなる。ついにはミシンが悲鳴のような異音を立て始めた。
 「ちょ、ちょっと待って、止まって、お願い止まってー!」
 半泣きでミシンのスイッチを切ったところで、背後から静かな声がかかった。
 「……大丈夫?」
 振り返ると、そこに立っていたのはシェイアンだった。美術部の活動で時々被服室を使っていた彼が、紗季の慌てぶりに気づいて声をかけたのだった。
 「あ、シェイアンくん……ごめんね、騒がしくて」
 「慌てなくていいよ。糸、絡まってるね」
 彼は静かに紗季の隣に座ると、絡んだ糸を丁寧に解き始めた。細く長い指先が慎重に糸を持ち上げ、慎重に絡まりを解いていく。
 「……器用だね。私、すぐパニックになるから、こんなふうにできなくて」
 「慌てると余計絡まるからね。ゆっくり、順番に……」
 糸がすべて解けると、ミシンは何事もなかったかのように静かに戻った。
 「はい、直ったよ」
 シェイアンが軽く微笑む。その微笑みはどこか儚さを帯びていたが、嫌味は一切なかった。
 「ありがとう……! 本当に助かったよ」
 紗季は感激して深々と頭を下げた。シェイアンは少しだけ目を伏せ、言葉を続ける。
 「この衣装……太陽のイメージ?」
 「うん。多文化ライブショーって言っても、それぞれの文化がばらばらにあるんじゃなくて、全部が混ざり合って、でもちゃんと自分の色も出せる……そういうイメージを太陽に重ねたくて」
 紗季は言葉を探しながら説明した。
 「だからね、暖かくて明るくて、元気が出る衣装にしたいの。舞台に立つ人たちが自然と笑顔になれるような」
 シェイアンはじっと紗季の手元の布を見つめた。
 「……でも、このデザインだと光の当たり方で沈んで見える部分が出るよ」
 「え?」
 「照明の位置によって、濃い色が陰影を強く作りすぎる。たぶんイヴァンの照明案と合わせるなら、もう少し透明感を出したほうが映える」
 シェイアンの指摘に、紗季は目を丸くした。そこまで考えてなかった。
 「そっか……うん、それ大事だね。でも、透明感を出すにはどうしたらいいのかな?」
 「オーガンジー重ねるのはどう? 軽く波打つ生地を重ねれば、光が入った時に揺らぎが出る」
 「なるほどー!」
 紗季は目を輝かせた。確かにその手がある。頭の中で舞台が浮かび上がる。太陽の光を纏う衣装が、風に揺れて輝く——想像するだけで胸が高鳴った。