「誰?」


 紫陽はもう一度そう問いかけながら刀を抜き、その剣先を獣に向ける。

 距離があってもわかる禍々しいほどの霊力。先ほど紫陽が切り伏せた雑魚とはどう見ても格が違う。

 あまりに力量に差がある相手と対峙すると立っていることすらままならなくなるらしい。自分の震える足を見てそう知った。


「通常、人間の使う武器で妖を傷付けることはできない。だが……」


 獣はゆっくりと紫陽の方へと歩み寄って来る。向けられた剣先を恐れる様子は微塵も見せない。

 足の震えが手にも伝染してきたのだろうか。握る刀が揺れている。


 一歩、また一歩と近づく獣が、パッと一瞬姿を消した。

 そして。


「なっ」


 獣がいたはずの場所には、代わりに一人の青年が立っていた。

 獣と同じ、艶やかで美しい白金色の長い髪。その間から覗く鳩羽色の瞳はまっすぐ紫陽に向けられている。珍しい玩具を見せられた子どものような、好奇心を湛えた瞳。

 彼は、紫陽の愛刀に素手で躊躇なく触れた。


「面白い。刀身に微量の霊力を(まと)わせているのだな。人間の武器でできた傷口は通常なら一瞬で再生するが、内側から霊力を流されるとそうはいかない。霊力の弱さを剣技という別の形で補うとは、珍しい陰陽師もいたものだ」