あの異形を切り裂いたときの感覚が残っている気がして、軽く手をこすり合わせる。
(この辺りは妖の気配が強い。もう少し見回っておいた方が良いかもしれないけど……)
紫陽は月明りの眩い夜空を見上げてから、進んできた道に目をやる。
あまり遠くに行ってしまうと夜が明けるまでに戻れず、家の者に見つかって面倒なことになるかもしれない。それに先ほどの戦闘でそれなりに体力を消耗しているし、休むべきかもしれない。
……そんなことを考えていたときだった。
「見事なものだな」
背後から聞こえた、低く静かな、透き通るような声。
ハッと振り返る。驚いたことに、全く気配を感じ取れなかった。
「誰?」
紫陽は剣に手をかけ、警戒心を露わに問いかける。
──ふわり、と一陣の風が吹いた。
舞い上がる砂埃に思わず閉じてしまった目を恐る恐る開く。
(あ……)
驚きで動けなくなった。
そこにいたのは、月の光を浴びて白金色に輝く恐ろしくも美しい獣だった。艶やかな毛並みをした山犬のような、だけど普通の山犬ではないのは誰もが一目でわかる。
……妖だ。



