「だからそんなに緊張しなくて大丈夫だって。俺の両親はいい人だよ」
「わかってる、もちろんわかってます!だからこそ緊張するっていうかぁ」
ムンッと唇を尖らせながら、私は手汗が滲みそうな手のひらを合わせて擦る。
今日は、ご隠居中らしい尊都さんの両親に顔合わせする日だ。
尊都さんの両親だし、尊都さんも尊敬する相手らしいから、嫌なこと言われないのはわかってる。
だけど、流石に緊張しないわけがないっていうか!
「ふうん?まあきっと大丈夫。緊張するとか言ってても、刹菜はいつもなんとかしちゃうし」
「それは考えるのをやめてるだけですが!」
とはいえ、なんとかなっているといえばその通りだ。
これでも尊都さんの恋人なんだし、粗相だけしないように気をつけて、あとはありのままの私をぶつけてみよう。
「それじゃあ、行こうか。開けるよ」
「はい!」
尊都さんは、するっと私の手を取って指を絡めると、白くて大きめのモダンな家へと踏み出していく。
私も、そっとその綺麗なお家に入っていった。
普段ご両親が住んでいるというお家はおしゃれだけど無駄なものがなく、洗練された雰囲気だ。
だが殺風景というわけでもなく、いろいろなところに置かれたマスコットや観葉植物が暖かい雰囲気も出している。
これだけで人となりが伺えるが、とりあえずまずは会ってみるのが先だ。
廊下を進んだ先に、明るい色の檜のリビングドアが見えた。
尊都さんと私は、迷わずそっちに向かう。
うう、緊張する。
けどきっと大丈夫!尊都さんが言うのなら間違いない!!
よし、女は度胸なんだ、腹を括ろう!
尊都さんに頷くと、尊都さんはドアを軽くノックしてリビングの奥に声をかけた。
「父さん、母さん、入るよ」
そしてなめらかに動く引き戸を開けて、その先には。
「いらっしゃい。尊都と、刹菜ちゃん、だったよね?」
「よく来たな」
ダイニングに着席してコーヒーを片手に待つ、綺麗な夫婦がいた。
「ほわ……綺麗……」
「本当?ありがとう」
思わず本音を呟くと、尊都さんママは嬉しそうに笑ってくれた。
その笑顔のいろいろなところに尊都さんと似てるところがあって、親子だなあと思ったり。
「さあ、座って。尊都もずいぶん久しぶりだし、ゆっくりしていくといいよ」
尊都さんパパも、優しく微笑んで席をすすめてくれた。
なんだこのやっさしい夫婦は。尊都さんパパとか、こんだけ柔らかい雰囲気で〈REGALIA〉の元ボスとか本当?
とりあえず私は尊都さんと一緒に、ご両親の向かいに座った。
「それじゃあ、自己紹介からかな」
ミルクが入ったコーヒーを飲みながら、尊都さんママは微笑む。
そして姿勢を整えて、私に自己紹介をしてくれた。
「尊都の母の、榊坂 雅です。よろしくね、刹菜ちゃん」
「はいっ、よろしくお願いします!」
名は体を表すというか、なんというか。
まさに「雅」という感じの見た目で、何度見ても感嘆しそうになる。
艶々ゆるふわウェーブの黒髪に、黒曜石のような瞳。
40代とは思えない美貌だ。背後に椿とか梅とかのお花が見えそうな笑顔だ。
そして雅さんは隣の夫に視線を移す。
私もそれに従って尊都さんパパに目を移せば、尊都さんパパも穏やかに微笑んだ。
「榊坂 累だ。尊都がいつも世話になってるな」
「いえいえいえ、私はその1000倍お世話になってるので!」
尊都さんに返してあげられてるものは少ない、と思う。
だからお世話になってるなんてとんでもないんだけど、そう言うと尊都さんパパは面白そうに笑った。
「肝が据わった子だ。そういう子を選ぶのは、やっぱり血筋なのかもな」
「ふふ、そうかもね」
ころころと笑う尊都さん両親についていけない私。
でもまあそうか、考えてみれば、〈REGALIA〉の元ボスの妻なんだから肝が据わってないわけないか。
そんなことを考えていると、急に累さんは真面目な顔になった。
ここからは真剣な話らしい。
「……尊都から、すべて聞いた。あのとき、刹菜や刹菜の仲間を助けられなくて、申し訳ない」
「!」
「当時の〈REGALIA〉ボスとして、新しく頂点に立った者として、敏之の研究所を潰したときに助け出してやりたかった」
確かに、助けてくれるのならば助けてもらいたかった。
けれど私たちがあのまま私たちの牢獄に留まって彼らを待っていれば、昌之に先に回収されていただろう。
それよりももっと早く私たちを見つけられたとして、その世界線で果たして私は、今以上の幸せを得られているんだろうか。
きっと地元に戻って穏やかな生活をしたんだろうけれど、果たして尊都さんと出会って今みたいにとっても幸せな生活ができていたかは、怪しいところだ。
「……いえ」
今の私の気持ちや考えは、こうして地獄から解放されたが故の言葉にしか過ぎない。
だけど今は、この人生を歩んできてよかったと、私は思っている。
「もう、終わったことですから」
「…………」
「尊都さんとの毎日は、本当に楽しいんです。一番が決められないくらい、毎日幸せなことばかりで」
「……刹菜」
「だから、過去がどうであろうと、いいんです。私たち、未来を歩くって決めましたし」
ね、と隣の尊都さんに話しかけると、ふっと笑った尊都さんは「そうだね」と微笑んで撫でてくれた。
その手つきがいつもより優しくて、つい嬉しくなって頬が緩む。
「俺、いい子見つけたでしょ」
「……本当に」
累さんは、そう言ってもう一度笑った。
気に入ってもらえたようなら何よりだ。
それから話は私と尊都さんの馴れ初めの話に移っていく。
あまりに乙女らしくない勇ましいストーリーなのでどう言おうか悩んでいると、なんと尊都さんが洗いざらい話してしまった。
もうちょっと淑女っぽい馴れ初めでありたかった。なんだ手枷と足枷を壊したって。刑務所か。
だがそれを聞いた累さんと雅さんは驚いたようにしたあと、ぷっと吹き出していた。
「いや、面白い子だなと思っていたが、それほどとは…………」
「なんだか親近感湧いちゃうなあ。私と累の出会いも刺激だったよねえ。ね?」
「あれは『出会い』なのか?雅が自分で俺に会いに来てただろ」
と、自分たちの出会いを振り返る2人。
ちらりと尊都さんを見ると、私の問いを理解してくれた尊都さんが「問題ないよ」というふうに頷いた。
元ボスだし触れられたくない話題とかあるかなと思ったが、これは掘り下げても問題なさそうだ。
「お二人は、どうやって出会ったんですか?」
そう聞くと、2人は顔を見合わせて、懐かしそうな顔をする。
そして最初に口を開いたのは、雅さんだった。
「私たちが、ちょうど尊都や刹菜ちゃんくらいの歳だったとき、街をなにが支配していたか、知ってるかな?」
「まあ、少しだけ。確か、藤原組っていう極道だったような……」
「そうそう。その藤原組があんまりにもひどい組織だったから、累が率いる〈REGALIA〉と、藤原組の裏切り者が手を組んで、藤原組を壊滅させたんだけどね」
軽く語る雅さんは、それでも過酷な道を歩んできたに違いない。
でも全くそれを感じさせず、むしろ愛しい日々だったというふうに目を伏せた。
「私が、その裏切り者だったんだ」
「えっ⁉︎」
裏切り者って、〈REGALIA〉と手を組んだっていう?
じゃあ、雅さんって藤原組の人だったの?
びっくりしていると、次は累さんが口を開いた。
累さんも、雅さんと同じように、穏やかで慈愛のこもった顔で。
「荒れ果てた街と私欲を尽くす藤原組をどうするか、って悩んでたときに急に藤原組のお嬢様が押しかけてきてな」
「だって、あのときは〈REGALIA〉に頼るしかないと思ってたから。実際ああでもしないとお父さんから逃げられなかったし」
壮絶な出会い話に驚きを禁じ得ない。
まさか尊都さんの両親はそんな出会い方だったなんて。
お嬢様ってことは、雅さんってやっぱり藤原組の「お嬢」だったのかな?
当時藤原組は世襲制だったらしいし。「パパから逃げる」なら、つまりボスの父親から逃げて〈REGALIA〉を頼ったってことだよね。
雅さんも大変だったんだな。
「ともかく。それを経て今は〈REGALIA〉が勝って、今尊都が生きてるってわけ」
「母さんも父さんも苦労してるよね。だから今こうしてゆっくりしてもらってるんだけど」
尊都さん、親孝行してるんだなあ。
私は最近親と再会したばっかりだけど、それでも名前にたくさん支えてもらったからには親孝行したいところだ。
今度会いにいくときは、何かして欲しいことがないか聞いてみよう。
とまあ、そんなこんなで、私のご両親への顔合わせは終了した。
成果はご両親の出会いの話を聞いただけではない。
実は、雅さんから尊都さんのいろいろな好みや小さい頃の写真をもらった。
特に、母親にしかわからない意外な好みなどもわかってほくほくだ。
私は密かに得た情報を胸にほくそ笑みながら、お屋敷へと戻るのだった。



