「せーんせ!」
「ひゃいっ⁉︎」
音もなく近寄ってきたミチカに驚いた図書館司書は、びくりと震えると図書館の入り口を見た。
そこには、この学校の2年のマドンナであるミチカが立っている。
何の用かわからないが、パパ活に精を出している図書館司書にとって間近のマドンナは眼福だ。
チラチラとミチカのあんなところやこんなところを想像してしまいながら、図書館司書は「何か用ですか」と言った。
「んー、実はぁ、司書先生の噂を聞いて……」
ミチカは司書の目の前のカウンターに頬杖をつきながら司書を見上げる。
「ぱ・ぱ・か・つ。してるんでしょ?」
「!」
「今さぁ、お小遣い切らしてて。私のこと買ってよ」
マドンナのミチカのセクシーな誘惑に、図書館司書の心が耐えられるだろうか。
答えは、否である。
「い、いくらがいいんだい……?」
「あー、本当にパパ活してるんだ。だぁめなんだ」
「だってしょうがないだろう?こんな太った体じゃ恋人もできないし……」
じゃあ痩せればいいのでは、と人々は言うだろう。
だがそれができればそうしている。
でもできないのだ。毎日夜食にラーメンを食べてしまうし、唐揚げ弁当は大盛りで二つ食べないとお腹が膨れない。
新作パフェだって必ず食べたいし、でも運動は嫌いだ。
そんなことを考えていると、ミチカは急に表情を冷たく変化させ、ぼそりとつぶやく。
「んー、まあいいか。証拠はこれで十分だよね」
「……へ?」
ポカンとする司書に、ミチカはひらひらとスマホの録音画面を見せた。
「えっ⁉︎」
「ねー司書せんせ、尊都様って知ってる?」
尊都様。
その名前は、パパ活の弱みを握られてしまっているとある生徒にも聞かれたことだった。
だがミチカはその生徒とは違い、自分に尊都様について聞きたいわけではないように聞こえる。
司書が答えられずにいると、ミチカはそれを気にすることなく続けた。
「私ね、前まではクソ上司にいいように使われてたんだけど。この前そのクソ上司を尊都様がはっ倒したから、今の上司は尊都様なの」
「えっ、えっ、まさか……⁉︎」
「引っかかってくれてありがとね、司書せんせ。せいぜいこれからはまともに生きなよ〜」
「あっ、待って!!誰に聞いたの⁉︎」
司書は、これだけは聞かねばとミチカを引き留めた。
「もっ、もしかして刹菜さんに聞いた……とか?」
「はぁ?なんであの子の名前が――」
その瞬間、司書は失敗した、と悟った。
ミチカは途端に顔に激怒を浮かべて詰め寄り、司書の胸ぐらを掴む。
その形相に、司書の心臓は震え上がった。
「あんたまさか、あの子のこと買ったんじゃないでしょうね⁉︎」
「かっ、買ってないよ!!!刹菜さんにその、持ちかけただけ――いや違う!違います!!!」
慌てた司書はさらに墓穴を掘るが、もう手遅れだ。
ミチカは数瞬なにかを考えたあと、司書の腕を掴みながら誰かへ電話をかける。
「……もしもし、黒葉さん?ちょっと急ぎで報告しないといけないことが……そう、司書の」
「ひえ、やめっ、お願い、やめて……!!」
「うっさい、黙ってて!!……そう、実は一回刹菜に持ちかけたことがあるらしくて」
「あぁ……なんで、やめっ、あぁ……」
そのとき、司書は、ようやく尊都様にとって刹菜という人間が大切なのだと察した。
部下に黒葉という人間がいるらしいことは校長の紹介で知っているし、その人間に「学校の生徒に」ではなく「刹菜に」と報告しているということは、つまりそういうことなのだろう。
ここで、司書は完全に絶望した。
「はい…………はい。わかりました、とりあえず手配通りに。ではまた」
電話を切ったミチカは、再び鬼の形相で司書を睨む。
そして誰かに録音データを送信しつつ、司書に言った。
「どうやら、尊都様が直々にお話を『聞いて』くださるようです。よかったですね」
「⁉︎」
「それでは行きますよ、尊都様のお屋敷へ。そこの地下室で尊都様がお待ちです」
ぐいぐいと引っ張られ、司書はカウンターから強制的に出されてしまった。
仕事はどうするのかと口を開きかけたが、尊都様の命令で自分が連れていかれるというのなら、司書の代わりが手配されていないわけがない。
カウンターには、自分と入れ替わりで見慣れぬ男が入っていった。
「ほら、さっさと歩いて。裏口から出ますよ」
そうしてミチカに連れられた先で、見知らぬ車に乗せられ、大きな建物に到着したかと思えば、地下室に入れられて。
そこで待っていた、氷のような視線と今にも銃を構えそうな殺気を持つ美の結晶によって、図書館司書は「反省」させられることになったのだった。
*
「あれ?」
翌日。
図書室の本を返却しに来た刹菜は、司書が変わっていることに気づいて首を傾げた。
見れば、お屋敷の中で顔を合わせた使用人の1人になっており、刹菜は返す本を差し出しつつその人物に話しかける。
「こんにちは。司書、変わったんですか?」
「刹菜様、こんにちは。実はそうなんです。これからは私が司書ですので、なにか困ったことがあればお申し付けを」
前任の司書は確か、パパ活をしていた太った先生だったか。
正直あの先生がどうなろうと知ったことではないが、司書が知り合いになったのはちょっと嬉しい。
「よろしくお願いします!」
刹菜は、前任の男のことなどすっかり忘れ、新しい司書に微笑みかけた。



