接客は思ったよりも忙しかった。
意外にもみっちーから教えてもらった『そういうサービスはしていません』が役に立ってびっくりだ。
連絡先とか聞いてくるのってやっぱり、文化祭マジックってやつなんだろうか?
ナンパしてきた人、一回の文化祭で何人連絡先増えてるんだろう。
「刹菜の彼氏、何時に来るんだっけ?」
「さっき確認したら、もうすぐ来るってメッセージ入ってた!」
ようやく客足が落ち着いてきた頃みっちーに聞かれたので答えておく。
ちなみに尊都さんだが、
学校でも恋人の態度全開でいてくれるらしい。
尊都さんと付き合ってるって校長先生が知ったら呼び出されそうだけど、そこらへんは上手く言いくるめておくそうだ。
だから私はさっきからずっとそわそわしている。
「そうなんだ!じゃあ入り口で待機してないと!ほら、誰か近づいてきたよ!」
言われてみれば、廊下がやけに騒ついている。
さては、この世の美を集めて結晶にした尊都さんが来たからだな?
そうなっちゃう気持ちはわかるぞ、とってもわかる。
だけど尊都さんが逆ナンとかされてたらおもしろくないなあ、なんて。
「ふう……」
スマホのインカメでメイクと前髪のチェック。
うん、ちゃんとみんながやってくれたときのままだ。メイド服にも問題はない。
よし、覚悟を決めて。
そして廊下の喧騒が近づいてきたとき、入り口に1人のイケメンが現れた。
「えっ!えっ、なにあの人、めっちゃイケメン!!」
あ、やっぱり尊都さんだ。
入り口で待機していた私は、尊都さんと目が合うなりにっこり微笑み、例のセリフを発動した。
「おかえりなさいませっ、ご主人さま!」
「……⁉︎」
「一名様ですね!こちらへどうぞ!」
完璧にきゅるんっとして言ってみたのに、なんだか尊都さんが無言だ。
あれ、おかしいな。
不思議に思って、私は尊都さんの顔を覗き込む。
「……刹菜」
「えっ、あれ⁉︎どうしました⁉︎」
すると、なんとびっくり。
尊都さんが真っ赤になっていた。
てっ、あ、めっ、え⁉︎
尊都さんが、めっちゃ照れてる⁉︎
「……ふぅーん、なるほどね」
かと思えば、尊都さんはすぐに表情を戻して私を見つめた。
うっ、視線が熱い……!
「後で、詳しく話を聞かせてもらおうか、メイドの刹菜チャン?」
「あっ、はい……」
美しいお顔で微笑まれて、私が断れるはずがない。
それにしたって「詳しく話を聞かせてもらう」がこう、普通に終わるかどうかが怪しい気がしてきたので、いろいろな意味でヒヤヒヤだ。
「と、ともかく!お席にご案内しますっ」
気を取り直して、尊都さんの手を取る。
ぐいぐいと引っ張って、窓際の1人席へとご案内した。
「それで?その格好が『コスプレ』?いいじゃん。かわいい」
どこか嬉しそうな様子の尊都さんは、席に着くなり褒めてくれる。
褒めてくれるってわかってたけど、こうやって言葉にされるとやっぱり嬉しい。
メモ帳で照れた口元を隠しつつ、私は緩みきった笑顔をこぼした。
「来てくれてありがとうございます、みっ……ごほん、ご主人さま!」
「……ふ」
「えっと、ご注文はどうなさいますか!」
教室の隅から、みっちーたちが微笑ましいものを見る顔で観察してきているのを感じる。
だけど今は、尊都さんに楽しんでもらえるように頑張らないと!
「んー……」
頬杖をついている尊都さんは一通りメニューを見た後、ちらりと私を見上げてきた。
うっ、尊都さんの上目遣い⁉︎
いつも尊都さんの方が目線上だから新鮮すぎる!!
かっこいい、待ち受けにしたい……。
「じゃあ、このメイドの落書き付きのパンケーキで。飲み物はいつもの」
「!……わかりました!」
いつものと言えば、やっぱり尊都さんがいつもご飯のときに飲んでいる微糖のコーヒーだろう。
尊都さんの「いつもの」がわかるのが嬉しくて、ついついにやけちゃう。
それに落書きパンケーキを頼んでくれてありがたい。
みっちーのプランの中の「落書きラブコールでズッキュン!」も達成できるというわけだ。
ところでズッキュンってなんだズッキュンって。
「ちょっと、刹菜ちゃん!」
裏方に注文を伝えに戻ると、親友たちに肩を掴まれた。
気のせいだろうか。親友たちの背後には、普段話さないクラスの女の子も見えるような。
尊都さんのことを先に知っているみっちーは今は傍観者のようだ。なぜ助けてくれないんだろう。
私がみっちーを視線で問い詰めている間にも、大興奮の親友やクラスメイトは私に尋問をしてくる。
「刹菜ちゃんの彼氏、ドイケメンじゃん!!!」
「ド?」
「めっっっっちゃイケメン!!!かっこよすぎ!!いつの間にあんな人と出会ってたの⁉︎」
尊都さんが褒められてて嬉しいけど、揺さぶらないでくれ。
というか私はパンケーキの落書きしなきゃいけないの!ここは脱出せねば!
「あっ、あそこにイケメンが!」
「えっ!!」
イケメンという言葉に敏感になっている親友の気をそらし、私は瞬時にその場から逃げ出した。
裏方の人からパンケーキのお皿とチョコペン、それからコーヒーを受け取って尊都さんのところへまっしぐら。
「お待たせしました、ご主人さま!こちら落書きパンケーキです!今から落書き失礼します!」
じいっと尊都さんから見られているが、気にしない。
こういうときに堂々とできるのが刹菜スタイルである。
尊都さんの期待の視線を背負いながら、私はパンケーキにチョコペンで文字を書いていく。
「よいしょ……」
「……へー、上手いじゃん」
「実は、片倉さんにお願いして厨房で練習してたりして」
「そうなの?健気だね、かわいい」
うっ。
……危ない。突然の精神攻撃に動揺して文字がズレるところだった。
今その言葉は反則だって。尊都さんに弱いの考慮しながら発言してほしい。
そう思うも手はするすると動き、やがてパンケーキの上に丸っこい形の文字が完成した。
「へへ、できました!」
「…………」
パンケーキには、チョコレートで「だいすき」という文字を書いてみた。
本当はネコちゃんの絵とかも描きたかったんだけど、彼氏相手というだけでクラスの備品であるチョコを大量消費はしたくない。
だから、ネコちゃんのイラストは帰ってからということにしよう。
「……かわいい」
尊都さんは、心から嬉しそうに微笑んで私を見上げた。
「ありがとう。俺もだいすきだよ」
「……ふへ」
なんだか、メイドがご主人様にサービスしてもらっちゃった感じがするけれど。
それはそれで、私たちらしくて悪くない、よね?
……いやよくないわ、今は新鮮味出したくてメイドやってるんだった。
私はついつい雰囲気に呑まれそうになったところから我に返り、最後の工程に移る。
「それでは!私が美味しくなるようにおまじないをかけますね!」
「おまじない?」
こくりと頷いて、私は心の中で腹を括った。
手でハートを作って、パンケーキと尊都さんに、私の中の精一杯の愛を込めて。
「美味しくなあれ、萌え萌えキュン!」
「――……」
果たして、尊都さんの反応はというと。
「…………いくら?」
「へっ?」
「チップは、いくらがいい……?」
「そういうサービスは受け取ってませんが⁉︎」
呻きながら万札を差し出された。
なんか、思った以上にヒットしたみたいだ。
まあ、喜んでくれたならいいか。……いいのか?
「じゃ、じゃあ!」
私はひっそりと尊都さんの耳に口を寄せる。
「チップはお家で受け取るということで!」
「……わかった。楽しみにしてて」
「へへ、はい!」
こうして、なんとか尊都さんは万札を仕舞ってくれた。
そのあと、尊都さんといくつか展示やお店をまわり、文化祭は終了した。
その後、メイド服を着てみせる私にキスという名のチップを尊都さんがくれることになるのだが、とてつもなく激しくて恥ずかしかったので、メイド服はいざというときのために封印することを誓ったのだった。



