今夜、星影を溶かして【完】





「…………っ」




奥の部屋には、40代後半くらいに見える、綺麗な夫婦が立っていた。



瞳を潤ませて、緊張した面持ちでいる2人と、目が合う。




「…………」




微笑もうとした。



でもうまく笑えなくて……涙を抑えきれなくて、私はくしゃっと顔を歪めて、涙まじりに笑った。



それを見て、夫婦――いや……おとうさんとおかあさんも、笑った。




「……刹菜」




尊都さんに背中を押され、私は2人の方向に歩み寄った。



一歩二歩と近づいて、おとうさんやおかあさんも近づいてきて、手を伸ばせば触れられる距離でまた、止まる。




「……髪の色、『おかあさん』と同じだ」



「……そうね」



「私の目元は、『おとうさん』似かな」



「ああ、そうだな」




どうしよう、涙が止まらない。



もっとよく2人の顔を見たいのに。



やっと、やっと会えたのに。涙のせいで、よく見えない。




「……刹菜」



「うん」



「刹菜」



「……っ、うん」




2人から名前を呼んでもらえて、私は首を大きく縦に振って頷いた。



そうしたらようやく実感が湧いてきて、胸の中にじわりと熱が湧く。



それはおとうさんとおかあさんも同じのようで、私たちは誰からともなく手を伸ばし、抱きしめ合った。




「……ぜんぶ聞いたよ、刹菜。…………大変だったね」



「ごめんな、刹菜。お前を見つけられなくて。お前を辛い目に遭わせて、ごめん。本当に、すまなかった……」



「……っ」



「生きててくれて、ありがとう。また会いにきてくれて、本当にありがとう……!」




抱きしめられたところから、2人分の温かさと愛情が、直に伝わってきた。



ああ、親だ。



私に名前をつけてくれた、私の親だ。



震える声から滲み出る愛に触れて、私はそう直感した。




「――……お父さん、お母さん」




もう一度呼んで、ぎゅっと抱きしめる。



そうしたら抱きしめ返してくる大きな手が、嬉しかった。




「…………ありがとう」




声が震える。唇がうまく動かない。



だけど、伝えたい。




「……私ね、辛かったとき。唯一知ってた、私の名前を……ずっと、噛み締めてた」



「……」



「私にも、私を大切にしてくれてる、『おとうさん』と『おかあさん』がいるんだって…………そう信じたら、生きられる気がした」




苦しみばかりで、救いのない牢獄の中だったとしても、名前を抱きしめながらあーくんと励まし合えば、生きる気力が湧いてきた。



私の名前は、私が誰かの愛によって生まれた存在だと証明してくれるものだったのだ。




「だから、ありがとう。名前……私に、つけてくれて。ありがとう」



「刹菜……」




やっと、この気持ちを伝えられた。



とっても嬉しいけれど、やっぱり顔が見えないのは寂しい。



なんとか顔が見たくて目をごしごしと擦ると、その手をそっと、お母さんが掴んだ。




「……」




お母さんの手が、私の涙をひろう。




「腫れちゃうでしょ。……こすっちゃ、ダメだよ」




ただの心配。否、心配にも満たないただの注意。



だけどそれがあまりにも「家族」で、それすらも私の涙腺を刺激する。




「っはは……嬉しくて、余計涙出ちゃう」




涙が止まらないのがこんなに幸せなことだって思わなかった。



ああ、幸せだ。



また、人生の中でいちばんの幸せが、塗り替えられていく。



尊都さんたちのおかげだ。



ぜんぶぜんぶ……尊都さんたちがくれた、幸せだ。




「刹菜」



「刹菜」



「――うん。……お父さん、お母さん」




涙いっぱいのひどい顔で返事すると、まるですごくかわいいとでも言っていそうな、愛情たっぷりの笑顔をくれた。



そのまま、もう一度抱きしめ合う。親の温もりが、愛情が、喜びが、「刹菜」の指先まで満ち満ちた。




「ありがとう。大好きだよ、刹菜……!」



「大好きだ。……生きててくれて本当にありがとう、刹菜」



「うんっ」




ずびっ、と鼻をすすった。



ああ、また注意されてしまうだろうか。



そう思うけれど、それも嬉しいと感じちゃうのは、やっぱりいけないかなあ。



でもそれってやっぱり、お父さんとお母さんがいてくれて嬉しいってことだよね。




「……私も、大好き」




口から紡ぎ出された言葉は、想像以上に私に馴染んですとんと落ちた。



ずっと遠くから私を支え続けてくれていた存在が、ずっと大好きで。



今、ようやく会えたんだ。



何度も実感するその事実が、あまりにも嬉しくて、奇跡みたいで。



私たちは、ずっと3人で、抱きしめ合いながら泣き続けた。