そして、数日後。
私は、柄にもなくとんでもない緊張で体がガッチガチになっていた。
「刹菜、大丈夫か?」
「あーくん……結構大丈夫じゃないよ……」
「ぷっ。刹菜の緊張してるとことかレアすぎだろ。大丈夫だって、食われるわけじゃないしさ」
あーくんと黒葉さんの言葉に頷きながら、ううっと唸る。
人生で、こんなに緊張するときが来るとは思わなかった。
あーどうしよう、ドキドキする!
私は手汗を拭いたり視線をきょろきょろさせたりしながら、尊都さんが戻ってくるのを待っていた。
どうしてこうなったかというと、これはおとといに遡るのだが。
『あのあと、碧の協力のもと、黒葉が率いる構成員で昌之の拠点を漁ってもらったんだけど』
唐突にそんなことを言ってきてどうしたのかな、と思っていると。
尊都さんが話したのは、かなり重要な内容だった。
『そしたら、敏之の研究施設から盗まれてたせいで回収できてなかった、刹菜と碧の研究記録が見つかったんだ』
『!!』
尊都さんの説明によれば。
尊都さんと尊都さんパパが構成員を連れて研究施設まで襲撃にきた日、彼らは当然だが研究記録も回収したらしい。
そして施設に残っていた子どもたちは保護され、それぞれ親の元へ帰ったり〈REGALIA〉に入ったりしたそうだ。
だが私たち「成功体」の実験記録は残っておらず、そのため私たちの存在は把握できていなかったみたい。
『元々昌之は、兄の敏之が俺たちに捕まるときに刹菜も碧も回収するつもりだったんだろうね。だけど刹菜たちが逃げ出して、結果捕まえられたのは碧だけだった』
逆に言えば、あのとき逃げていなければ、私は尊都さんを殺すための兵器として昌之に使われていたことだろう。
そう思うと、あの日の私たちの決断とあーくんの今までの生活が報われる気がして、ひどく安心した。
そして尊都さんは、そんな私に驚くべき事実と質問を言ってきたのだ。
『実はね。その刹菜の研究記録に、刹菜がどこから来たのかが書いてあったんだ』
『えっ⁉︎』
『刹菜の両親はまだ生きてる。刹菜のあとに子供は作らなかったみたいで、夫婦で地方の普通の市街に住んでるよ。というか、刹菜も元々そこの人で、遠くから攫われてこの街に来たみたいだね』
『……尊都さんの話って、まさか……』
うん、と尊都さんは優しく頷く。
いつにもまして取り乱す私が落ち着くのを待って、改めて問いかけてきた。
『会おうとすれば、会えるよ。……会いたい?』
そう聞かれて、迷わず私は会いたいと言った。
私のことを覚えているか、どう接されるかはわからない。
だけど、どんな反応をされるのだとしても、「刹菜」という名前をつけてくれたことには感謝しなければいけないと思った。
顔も声もわからない、私の両親。
だけどいつも、私は誰かに名前を呼ばれるたび、両親からの愛情を感じている気がしてたから。
ちなみにだけど、あーくんは当時建物が古かったとある孤児院の子供だったそうだ。
その孤児院もこの街ではなく、少し遠くの市街にあったらしい。
というか、痕跡を追わせないためなのかわからないけれど、実験体の子供のほとんどは遠くから集められてきた子ばかりだったとか。
あーくんがいた孤児院は、今は建物が新しくなっているそうだが、シスターさんは残っているみたいだし、かつて過ごしていた場所を見たいとかで一度そのあたりに帰ってみるらしい。
だがまずは、私の番ということで。
私の両親にアポをとり、事情を話し、私は覚えてもいない地元に帰ってきた。
そして今は、尊都さんが先に両親に会って改めてすべて説明し直しているところだ。
「……大丈夫だ」
黒葉さんは、もう一度私にそう言って背中をポンと叩いてくれた。
「お前なら、大丈夫。どんな人が親でも、きっと笑って話せるさ」
「……ああ」
あーくんは、昔私を励ましたときと同じように、その温かい手でぎゅっと私の手を握ってくれた。
「刹菜。きっと俺たちのこの先の未来には、希望が待ってる」
「――……うん」
今まで辛い人生だった。苦しくて痛くて、寒くてお腹が減って、楽しくないことのほうが多かった。
だけど、あーくんの言うとおり。
過去の清算はもう終わり。絶望と地獄も消し去った。
これからの私たちには、たぶんだけど、明るい未来と輝く希望が待っている。
これは、その第一歩なのだ。
「すう……ふうぅー……」
ゆっくりと深呼吸をする。
「……よし」
覚悟が決まったそのとき、ちょうど奥の部屋から尊都さんが出てきた。
私のもとに静かに歩いてきて、私の両手を取る。
そしてふわりと私の唇にキスを落として、微笑んだ。
「ぜんぶ、話してきたよ」
「……そっか」
「刹菜の両親は、刹菜に会いたいって言ってる。大丈夫、怖くない」
尊都さんは、繋いでいる手の指を絡めてきた。
手のひら同士がくっついて、体温を分け合うみたいに温もりが広がって、冷えた指先にまで尊都さんの気遣いが伝わってきた。
「――行こうか」
「……はい!」
力強く頷く。
そして私は、尊都さんと一緒に、希望への第一歩を踏み出した。



