今夜、星影を溶かして【完】



「クソッタレが……!!僕が、頂点に立つはずのこの僕が……!!」




敗北を察したのか、昌之から出たのは負け惜しみの言葉だった。



地団駄を踏む昌之にもはや威厳はない。優雅さも高貴さも高潔さも、誇りも気高さも見て取れない。



尊都さんはそんな昌之を、改めて見据えた。




「――俺たちは、マフィアだ」



「ッ!!」



「邪魔することは許さない。障害があるならどんな手段を使ってでも取り除く、それが俺たちの生き方」



「……」



「その点だけは、お前と同じだったとは思うよ。だけど、お前は詰めが甘すぎる。だからお前は二流なんだよ」




バンッ、と。



尊都さんが持つ銃が、2回目の火を吹いた。



そこから飛び出た銃弾は正確に足を掠める。



今度は、昌之が手も足も使えなくなってしまったようだ。




「…………」




ふっ、と。



それまで重苦しかった空気が軽くなった気がした。



尊都さんは表情を和らげて、肩にかけていた黒いジャケットを私の上に羽織らせてくれる。



まるで、昌之にもう用はないと言っているみたいだった。




「――帰ろうか」



「……はい」




するりと尊都さんに手を取られ、そのまま指を絡められる。



温かい尊都さんの手をぎゅっと握り返しながら、私はさっきから無言で立っている兄へと声をかけた。




「帰ろう。……あーくん」




改めて兄を呼ぶと、あーくんはたちまち泣きそうな顔になって――いや、涙を流して、目をキラキラさせながら私と手を繋いでくれた。




「……ああ」




私たちの地獄の記憶は、これからもこびりついて消えないまま。



だけどたぶん、これが「決別」というものなんだろう。



忘れられない記憶を抱えたまま、だけど現在と未来に溢れる幸せな記憶を噛み締めて生きていく。



過去に縛られるのはもうおしまい。過去から目を背けるのももうおしまい。



あーくんの地獄も、人身売買ももうおしまい。





尊都さんは部屋から出て、廊下に控えていた黒葉さんに視線を向けた。




「終わった。――片付けを。中に人がいるから保護しておいて」



「了解したよ、ボス」




これで、ぜんぶ終わり。



これからはまた、尊都さんと、それからあーくんと、この街の未来を築いていくときだ。




「あー疲れた!流石にちょっと緊張したけど、手枷とか壊せてよかったあ」



「ってか、刹菜、手枷壊すときの声どうにかならねえのかよ。なんだあの色気のない声」



「そもそも、手枷壊すのに色気もなにもないと思うけど?」



「そーだそーだ!尊都さんの言う通りだ!」



「なんで尊都がそっち側なんだよ……」




へへ、とらしくない情けない笑い声が漏れてしまった。



あーくんは知らないからだ。私と尊都さんの出会いのきっかけが、まさか私が手枷と足枷を「オルァッ」って壊したことだって。



これから話したら、笑ってくれるかな。




「あーくん」



「ん?」



「私ね、強欲だから。あーくんも私と同じくらい幸せにならないと、満足できないの!」



「……刹菜」



「だから、私のためにも幸せになってね」




そしていつか、あーくんのその綺麗な目が快晴みたいに澄むのを見せてほしい。



あーくんのその綺麗な顔が、向日葵みたいに輝くのを見せてほしい。



そう言うと、あーくんは吹き出すように笑ってくれた。




「ああ、わかった。……お前のためなら、仕方ないな」




もちろん、私もそのために全力を尽くすのだ。



小さい頃は返せなかった分も、まとめて。





「それから」




私は、くるりと顔を回転させて、反対側で手を繋いでいる尊都さんにも笑いかける。




「尊都さんも、私が絶対に幸せにしますから!覚悟しててくださいね!」



「ぷっ。それ俺にも言うんだ。俺、今でもこんなにも幸せにしてもらってるのに」




蕩けるような笑顔で言われてしまっては、何も言い返せないけど。



でも絶対、今の幸せを明日、いや1時間後にでも、塗り替えてやるんだから。




「…………」




施設を出て、空を見上げた。



晴れている。



地獄にいた頃も、小さい窓から一生懸命に青空や星を眺めて喜んでいた。




「……いい空だなあ」




さあっと初夏の風が私の頬を撫でる。



青い空、白い雲。緑の葉っぱに、大好きな兄と恋人。



なんて平和な日だ。



そう思ったとき、遠くにあるらしいどこかの学校から、キーンコーンカーンコーンとチャイムが聞こえた。




「……あ、午後の授業サボっちゃった」



「大丈夫。校長にちゃんと言っといたから」



「権力」




本当にお金持ちの権力持ちなんだから。使えるものはなんでも使えってね。



まあいいけど。授業よりこっちの方がよっぽど大事だったし。



ともかくこれで一件落着、ようやく一段落ってわけだ。



安心した私が、用意されていた黒塗りの車に乗り込んだ、そのとき。





ぐぅ〜〜〜〜〜〜〜っ。






「…………」



「………………」



「……………………」




あらあ、両側からの視線が痛い。




「なんっっっで、今⁉︎」




相変わらず空気を読まない腹の虫に、私は気持ちを声に出さずにはいられなかった。