しゃらり、と昌之は懐から二つ、ものを取り出した。
右手には一本の鍵。そしてもう片方は、拳銃。
昌之は、その両方を私に掲げて見せてきた。
「これ、この鍵はお前の手枷と足枷の鍵。んでこっちは銃ね。お前が尊都を殺せないと言ったら、ミチカと碧を僕が殺す。そして動揺している間に尊都の目の前でお前も殺し、尊都も僕の手で殺す」
「…………」
「でもさ、実際は。尊都、愛する恋人に裏切られて撃たれて死ぬのが一番嫌だと思うんだ。お前はあいつの女々しいハツコイなんだし」
つまり、昌之は正真正銘、尊都さんが一番苦しむ方法を望んでいるということだ。
そのことがとにかく嫌で、許せなくて、ふつふつと腹の底に怒りが溜まっていく。
「おい」
「はい」
そんな中、昌之は、私やみっちーをここに連れてきた男に問いかける。
「尊都に連絡はしたか?」
「はい。345番のスマホから電話で『愛しい恋人が惜しければ来い』と」
「だってさ。さあ刹菜、答えを聞こう。尊都を殺すならその手枷と足枷は取ってやるよ」
私が拒否する可能性は考えていないようだった。
それはそうだろう。みっちーとあーくんは、私にとってとっても大切な人たちだ。
尊都さんを選べば2人が死ぬ。拒否なんて、できるわけがない。
でも、私は……。
…………。
『俺は刹菜を迎えに来ること、迷惑だとも面倒だとも、ましてや不快だとも思ってないのに』
……私とみっちーを連れてきた男は、ここに来る前に私のスマホで誰かに連絡をしていた。
それが尊都さんへ向けたものだったなら、街のどこにいたとしてももうすぐ着くはずだ。
なら、私のするべきは。
「昌之、あなたは頂点には相応しくない」
「……んん?」
足枷をつけられたまま、私はゆらりと立ち上がる。
私の思うすべてを言葉として紡ぎつつ、私は怒りと哀れみを込めて昌之を見つめた。
「尊都さんは優しい人だよ。この街を愛しているし、この街を守ろうとしているし、私なんかを大切にしてくれる」
人身売買だって、私を雇う前から追っていたらしいし。
街を愛しているのは、行動の端々から見て取れるし。
その氷のようだと思っていた声や視線は、身内にはやわらかくて温かいものを向けてくれること。
そして、尊都さんの中に頂点を背負う責任感と街を守る決意があるのを、私は知っているのだ。
街の一番上は、尊都さんにこそ相応しい。
栄光にだけ憧れて、頂点をとった人を妬んで恨んで、命を簡単に扱ってしまう昌之は、尊都さんの代わりにはなれはしない。
「あなたと尊都さんは違う。あなたは絶対に街を背負えない」
「……知ったような口を。交渉決裂ってことかな?」
「……いいや」
奥から響いてくる足音に、昌之は気づいていないようだ。
そのために話をしているわけだから、当然だけど。
「そもそも、私が『交渉に応じている』と思った時点で、あなたの負けだよ」
「はあ?」
「私にすら負けるあなたは、尊都さんになんて勝てはしないよ。最初からぜんぶ、ぜんぶ――」
ぜんぶ、尊都さんの手のひらの上だったこともわかってないんだから。
「伏せて」
その三文字が聞こえた瞬間、私とあーくんはその場に伏せた。
刹那、バンッという銃声と共に、昌之の悲鳴が響き渡る。
そしてその間に、私は自分の手枷と足枷を「オルァッ」と叫びつつ壊し、足元に転がっている昌之の銃を拾って起き上がった。
「――さて」
その氷のように冷たい声はあまりにも美しく、鋭く、そして気高い誇りを含んでいる。
その冷徹で無感情にも見える表情はこの世の美を集めた結晶のようで、だがこの街に対する慈愛と優しさに満ちている。
「俺のかわいい恋人とその友達と、それから〈REGALIA〉の客人に無礼を働いたみたいだから、お礼をしに来たんだけど……」
そんな尊都さんは、私の隣までこつこつと歩みを進めて、鋼鉄の銃口を昌之に迷いなく突きつけた。
「策士策に溺れる、だね。憧れの『頂点』に追い詰められてる気持ちはどう?『二流以下』の笹原 昌之」
この場所に、私たちの目の前に。
恐ろしくも神々しく、歪で不器用な、本物の「頂点」がやってきた。
「榊坂、尊都ぉッ……!!!」
さっきの尊都さんの銃弾で手を負傷したらしい昌之が、出血した右手を押さえながら立ち上がる。
その顔には我欲と憎悪しか見えない。自分の渇望のために動くゾンビみたいだ。
「ようやくお前を追い詰められる。ここまで随分と時間がかかったよ」
対して、尊都さんは冷静でびくともしない。
頂点と、頂点になることができない人の差が、はっきりとわかった。
「ははっ、よく言うよ!……2度も恋人の誘拐を許したドマヌケが、今になって策士を名乗るわけ?調子に乗るのもいい加減にしろ!!!」
「…………」
「今回だって、僕をなんの証拠もなしに罪を決めつけて殺したら、警察が黙ってないよ!今度こそ〈REGALIA〉が潰れるかもね、あはははははっ!!!!!」
ふ、と思わず笑いが溢れた。
恐怖と動揺に支配されていて、昌之には何も見えていないようだ。
「それじゃあ、証拠があればいいんだよね?」
「あ?そもそも証拠なんて残ってないよ。この僕が証拠消しを怠るはずがないし」
「へえ、それはすごい。ちなみにどんなふうに証拠消しをしてる?」
「それは、僕の優秀な優秀な手駒を――…………」
そこで、昌之ははたと何かに気づいた。
昌之の泥のような視線が、あーくんに絡みつく。



