びくりとみどりさんの肩が大きく震えた。
そしてみどりさんは目を開く。私をまっすぐ見据えていて、「聞くな」と言われてるみたいだった。
だけどそんなわけにはいかない。私の過去を知らないせいでまた足を掬われるようなことは、あってはいけないのだから。
私がみどりさんの視線さえも無視して昌之さんを見つめると、面白そうに笑った昌之さんは立てた人差し指をくるんと回し、なんでもないことのように真実を話す。
「こいつとお前は昔、僕の兄さん――笹原 敏之の研究の実験体だったんだよ」
「!!」
トシユキ。
ササハラトシユキ。
その名前が私の心臓の中でこだまして、反響して、ぶつかって、苦しみと悲しみを残して消えた。
アレルギー反応みたいに気持ち悪い。私の体が「聞きたくない」と叫んでいる。
でも私は首を振り、無駄な頭のノイズを無理矢理払って前を見据える。
ここでくたばっているようでは、鋼メンタルの名が廃るというものだ。
「お前は実験体番号345番。で碧は……何番だったっけ?」
「……346番です」
「ああそうそう。それでまあ、相部屋だったから仲よかったんだよな、確か」
「…………」
聞けば聞くほど、全てが胸に刺さる。
頭がガンガンと痛い。胸が苦しい。身体中に、感じているはずのない幻痛が渦巻いている。
それでも、まだだ。
「そこでお前は人体改造――主に身体能力向上の実験を受けてて、数少ない成功体のうちの1人だったんだ。だけど脱走した。榊坂 尊都が兄さんの研究に気づいて止めに来たから」
「え……?」
だから私は身体能力が優れているのか、とか。
成功体だったから狙われてたんだ、とか。
そういうのも気になったけど、それ以上に驚きの情報が出てきて、私はフリーズした。
私がそのトシユキさんのところから逃れられたのは、尊都さんのおかげだったってこと?
「それで、刹菜は混乱に乗じて施設を碧と脱走したんだ」
「……」
「でもさ、僕も兄さんもお前と碧は逃したくなかったから、ちゃんと追ったんだ。そしたらびっくりしたよ、碧が自分の自由を捨ててまでお前を逃したって言うからさ」
「⁉︎」
どくん、と心臓が脈打った。
みどりさんは、自分の自由を捨てて私を逃した?
私は、みどりさんを犠牲にして逃げ延びたってこと?
私たちが追われてる中、みどりさんは私のために――……
『俺は、いつでも刹菜の幸せを願ってる』
私を祝福してくれたときのみどりさんの言葉を思い出す。
私を心配してくれたみどりさん、私の味方だと言ってくれたみどりさん。
そして星野 碧という名前。
「……ッ!!」
混濁する頭の中に、様々なノイズが駆け巡る。
気を抜けば気絶してしまいそうなほどの痛みのその先で、誰かの声が私を呼んでいる気配がした。
『逃げろ!』
頭が痛い。
いや、やめてよ。一緒に逃げるって、約束したのに。
『頼むから、お前だけでも――』
「やめてくれ」
そのとき、悲しいくらい切実で、痛みを伴った声が響いた。
みどりさんが――いや、碧が、私と昌之さんの間に立っている。
「……」
「もう、やめてくれ。これ以上こいつを傷つけるな」
「そこを退けよ駄犬。僕の悲願を叶えるためにはこいつが必要だ」
「だめだ。そんなの、許せるわけがない」
全てを背負うような、私を守るように立つ騎士のような立ち姿に、覚えがあった。
「あの日」の彼が、頭の中に静かに浮かび上がってくる。
彼の優しさと、一緒に味わった苦しみと、その中で支え合った記憶が蘇ってくる。
「『刹菜』」
記憶の中の彼と、今私を守っている彼の記憶と声が、重なった。
「『頼むから、お前だけでも――幸せになってくれ』」
「ッ!」
「尊都と、恋人になったんだろ?その奇跡を、どうか掴んだままでいてくれないか」
ああ、なんで忘れていたんだろう。
あんなに支えてもらったのに。あんなに大好きだったのに。あのとき、逃してもらったのに。
ひだまりのような優しさと、ときに厳しさと、まるで本物の家族みたいな温かさと。
兄がいたらこんな感じなんだろうなと思うくらいの頼れる背中を持つその人を、私はこう呼んでいた。
「――……あーくん……?」
そうして何年かぶりに実際に呼ばれた、自分のあだ名を聞いて。
「……ああ」
みどりさん……否、碧……否、あーくんは。
「久しぶり、刹菜」
少しだけ光を取り戻した瞳を潤ませながら振り向いて、笑ってくれた。



