「……刹菜」
「お、よう刹菜」
「おはようございます、黒葉さん、みどりさん」
翌日の朝。
部屋を出ると、尊都さんの執務室があるらしい方向から歩いてきた黒葉さんとみどりさんに遭遇した。
みどりさんだけじゃなくて、やっぱり黒葉さんもこのお屋敷に住んでるんだろうな、こんな朝に会うってことは。
とりあえず挨拶を返すと、黒葉さんは早速タイムリーな話題を振ってくる。
「尊都から聞いたぜ。恋人になったんだって?おめでとさん」
「……おめでとう」
「えっ、黒葉さんだけじゃなくてみどりさんも聞いたんですか?なんだか照れるなあ……ありがとうございます」
まさかみどりさんにまでお祝いの言葉をもらえるとは思っておらず、私はちょっと照れつつも笑顔を返した。
やっぱり恋人になったんだなあ、なんかこうやってお祝いされると、じわじわと実感が湧いてくるよ。
「尊都があそこまで毎日幸せそうなのは初めてだからさ。あいつのこと、これからも頼むよ。刹菜の手で幸せにしてやってくれ」
「はい!それはもちろんです!」
部屋とか服とか、たくさんの優しさを尊都さんから贈られてきた。
だからこそ、私が尊都さんを幸せにできるなら全力で幸せにする。
その決意を込めて頷くと、黒葉さんは満足そうに微笑んだ。
そして、みどりさんはというと。
「俺は、いつでも刹菜の幸せを願ってる」
「……」
優しい笑顔で、さらりとそれだけ言って、「じゃあ、俺は食堂に行くから」と去っていってしまった。
一瞬すぎてなにがなんだかわからなかったけど、幸せになれって言ってくれた、よね……?
それにしてはちょっと、様子がおかしかったような?
疑問を胸に黒葉さんに視線を投げてみるが、黒葉さんもよくわからないようで、首を傾げている。
「なんだあいつ……まじでよくわかんねえやつだな」
「みどりさんって、今はここに住んでるんですよね?」
「ああ。例の件について、まだ聞きたいことが山ほどあるんでな。それで俺も尊都もよくあいつと一緒にいるんだが、あいつびっくりするほど感情出さねえからよくわかんねえわ」
「そうなんですか?」
まあ、最初に会ったときから死んだ魚みたいな目してたしなあ。たしかに感情を出すイメージはないかも。
「とにかく俺ももう行くよ。尊都ならもうすぐお前の部屋に行くと思うから」
「あ、はい。ではまた」
ひらひらと手を振る黒葉さんを見送り、私はみどりさんの死んだ目に思いを馳せる。
2人とも、食堂に行ったんだろうか。
…………いや待てよ、食堂?
食堂なんてものがあるんか、今まで知らなかったんだけど。
今までずっと、尊都さんが部屋に運んできて一緒に食べてるんだけど。
『俺恋人できたことないから。正真正銘、こんなことしてあげんのはお前だけだよ、刹菜チャン』
………………。
いや、まあ。ほら。
このお屋敷って、めっちゃ広いし。
一度にいくつも部屋の場所教えられても迷子になるし。
それに会議室とか武器庫とか、あるし。
なにも知らない私を歩かせるには、この屋敷は広すぎるし危なすぎるから部屋にしたんだろうなあ。
そして今は恋人になったから2人で、みたいな?
自意識過剰かなあ。でもたぶん、こういうこと考えてそうなんだよなあ。
とりあえず尊都さんが食堂で食べようって言ったらそうすればいいか。
私も、尊都さんと2人で食べるの嬉しいし――
『今ので30秒ね』
「ぷあ……っっっ!!!!」
奇声をなんとか小声に抑えつつ私は部屋に戻り、ベッドにぼふんとダイブした。
思い出しちゃった!思い出した!思い出さないようにしてたのに!!
『今日のところは、おしまいにしようか』
こっ、これからのご飯で私はどうなってしまうんだ⁉︎なにも考えていなかった!
もうすぐ部屋に来るって言ってたよね⁉︎私はいったいどんな顔でご飯を食べれば⁉︎
っていうか私は普通にご飯を食べれるのか⁉︎
頭の隅にポイしていた思考を拾い上げて鍵を開けてみれば、昨日のキスのことがぶわりと襲ってくる。
思い出して恥ずかしくなるから考えたくなかったのに!
過去の自分から問題が先送りにされてきてしまった。もうちょっと頑張ってよ過去の私。
「うー…………ご飯を食べるたびにあれを思い出してしまう……」
勘弁してくれ、私の大事で穏やかなはずの三食とおやつにハレンチな記憶が付き纏ってしまう。
というかもうすでにそうなってるんだけど。
「んがーーーー」
悶えてベッドの上で転がっていても、解決策なんて浮かんでこない。
というかこんなことで悩んでいることが馬鹿なのではとすら思えてくる。
真面目に思考を放棄しようか悩んでいると、コンコンコン、とドアがノックされた。
「ぴゃっ」
変なことを考えていたから変な声が出てしまった。
が、ここで動揺を悟られたら尊都さんにまたいいようにされてしまう。
「……朝ごはんを食べるだけ、食べるだけ。真っ白ご飯にふりかけにお魚、よし」
ぐう〜〜〜〜っ、とお腹がいい感じに自己暗示にかかってくれたのを確認し、私はドアを開ける。
「おはようございます、尊都さん」
「おはよう、刹菜」
いつも通り背景に朝ごはんを乗せたワゴンを従えながら現れた恋人。
だがそのあとはいつも通りではなく、昨日の寝る前と同じように額にキスをしてきた。
「っ!」
「ご飯にしようか。お腹空いたよね」
「す、空いた!お腹すいた!!」
そう。ご飯。決してまた深ーいキスをしに来たわけではない。
再び一生懸命ご飯のことに意識を逸らしていると、また私のお腹は元気よく音を鳴らした。
…………まあ、ご飯は普通に食べましたとも。流石にね。朝だしね。
でも私が緊張していることはやっぱりバレて、ご飯の後に緊張なんてなくなるくらいというか、緊張すら考えられなくなるくらいまた溶かされてしまった。
休日だからこそできたことと言えば、そうなんだろうけど。
……尊都さん、キス好きすぎでしょ。
それでもなにも言えない私も大概なんだと考えると、余計に恥ずかしくて堪らなくて、尊都さんが退出した後にまたベッドで悶える私なのであった。



