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「……帰ってきていたのか」
「よう、おかえり尊都」
「みどりと黒葉か。ただいま」
刹菜を部屋に送り届けたあとに執務室に向かっていると、一緒にいたらしいみどりと黒葉に遭遇した。
2人に挨拶をし、首を傾げて問いかける。
「俺の執務室の前で話?」
「ああ。こいつがお前に用があったらしくてな。今は刹菜とデートに行ってるって話をしてた」
「そう。だったらちょうどいいね、何か用?欲しいものでも?」
「…………」
俺がみどりに視線を投げると、みどりは冷徹な表情を返してきた。
刹菜と話しているときは幾らか態度がマシだったが、俺と馴れ合うつもりはないらしい。
とはいえ、それはあまり気にならない。
俺はその態度を咎めることなくみどりの言葉を待った。
「……お前、刹菜をどうするつもりだ」
「…………」
果たして、みどりの口から放たれたのは、刹菜を思いやる言葉だった。
真意を測りかねて黙っていると、何を思ったのかみどりはさらに言い募る。
「なぜあいつがお前のそばにいる?あいつは、お前とは縁がなかったはずだろ」
「それ、お前に関係ある?」
「ああ、ある」
みどりの、俺を見る視線に殺気が帯びてくる。
「俺」という存在が、刹菜に対する危険分子に見えているのか。まあそれも仕方がない。
きっとみどりは、俺の正体を知っているんだろうから。
「俺は……あいつの……」
「…………」
「………………」
そこまで言って、みどりは口を閉ざした。
なんだ、惜しいな。もう少しで関係を吐いてくれると思ったのに。
寸前で思いとどまったらしい。
残念だと思いながら、俺はみどりに言った。
「言っとくけど、俺は刹菜の味方だよ」
「……信用できると思うか?」
「刹菜の俺に対する態度がなによりの証拠でしょ。俺は誠意を持って接してる」
刹菜が気を許した笑顔を浮かべてくれたときのことを思い出す。
最初はあまり気の抜けた笑顔は浮かべなかったけど、最近はいつもニコニコしているものだ。
「お前の要求を聞くつもりはないけど、お前が刹菜のことを案じるなら刹菜は俺に任せておけばいい」
一度は、刹菜を危険に晒してしまった。
それは反省してるけど、刹菜を俺が完全に、絶対に守る――というのは、刹菜の望むところではないだろう。だって彼女は、自由が似合う。俺が囲って守れば、輝きは失われてしまうだろう。
だから次に刹菜に危険が迫るときは、刹菜と一緒に降りかかる火の粉を振り払う。
それがあの子の望むことだと、今ならわかる。
「……刹菜のことを、どう思ってるんだ」
「……」
俺の言葉が多少効いたのか、みどりは、少し勢いを失いつつもそう聞いてきた。
「……」
みどりが刹菜のことを大切に思うなら、多少は俺も誠意を見せる必要がある。
刹菜の立場を心配しているのなら、確かに俺の気持ちは気になるだろう。
俺はみどりに向き直り、正直に気持ちを吐き出した。
「刹菜は、俺にとって大切な人」
刹菜は、いつも俺に自然な笑顔をくれる。
楽しさと、心地よさもくれる。
それまで栄養食で食事を済ませていたはずの俺が、できる限り一緒に食事をとるようになって。
それまで縁がなかったゲームセンターに行ったり、どうすれば本人にとって嬉しいか考え続けたり。
どうすればもっと喜んでくれるか、考えたり。
そういうことさえ楽しくて、ああ俺は今幸せなんだ、と思うことがある。
刹菜は、俺の日常に欠かせない大切な人。
そうやって気持ちを整理していると、ふと、気がつくことがあった。
俺は、刹菜と一緒にいたいし、刹菜に喜んで欲しいし、刹菜にもそう思っていて欲しい。
それは、つまり。
「……」
――……ああ、そうか。
俺は……。
刹菜のことが、好きなのか。
あまりにも突然に理解したその感情を認識した瞬間、心の中の何かが解けていくような、あたたかい心地がした。
不快ではない。恋は苦しいものだ、と昔失恋した黒葉が言っていたけれど、あまりにもやさしい感覚だ。
俺はその感覚がなくならないように胸に抱えながら、目の前のみどりを見やる。
「大切な人」という答えを聞いたみどりはというと。
「…………」
なにかを悟ったような顔つきをして、「そうか」と淡々と口にして、目を閉じた。



