今夜、星影を溶かして







「……うん。俺は女性の服装はよくわかんないけど、似合ってると思うよ。お世辞なしに綺麗」



「ありがとうございます。でもやっぱり隣に立つと、尊都さんには全然敵わない気がしてきますね」




気がするというか、本当に敵わない。



尊都さんは、本当にかっこいいから。



でもそれは、「隣に立ちたくない」と言いたいわけでも、「隣にふさわしくない」と言いたいわけでもない。



尊都さんに雇われた立場であったとしても、いや、雇われた立場だからこそ。



尊都さんが「隣に立て」と言うならば、私はそんな気の引ける気持ちだって捨てて胸を張るのだ。



それに実際、尊都さんが隣にいてほしいと言ってくれるのはすっごく嬉しいことだから。




「じゃあ行こうか。まずは髪を切りにだね」



「はい!」




尊都さんが微笑んだのに頷き返し、私は尊都さんとふかふか黒塗り車に乗り込んだ。



……いつ乗っても最高の乗り心地の車だ。



運転手さんの腕もさすがの一言で、揺れひとつ感じない滑らかな運転。



滑ってるみたいだ。




「…………」




窓から流れていく景色は高級住宅街。



綺麗な家や見事な庭が綺麗。



今、私はこんなところに住んでるんだな。




「…………」




……心地いい運転とBGM聞いてたら、なんか眠くなってきた。



尊都さんのところに来てから私の生活が健康的すぎて、今まで睡眠時間がとっても短かった皺寄せがきてる気がする。



決まった時間に目が覚めちゃうくせに、寝ても寝ても眠い。




「……」



「?」




ふと視線を感じて尊都さんを見ると、視線で「眠いの?」と聞かれた気がした。



なんかこう、雰囲気的にそんな感じじゃないかな、みたいな。



でもどう答えよう?視線で訴えればわかるかな?



返答に迷いながら重くなってきた瞼をしぱしぱしていると、それを肯定と受け取ったようで、尊都さんは優しく微笑んだ。




「美容院まではしばらくかかるから、寝てていいよ」



「…………」




ご主人様からの「許可」は、思った以上に私の体に影響を与えた。



その言葉を理解するのとほぼ同時に私の瞼はもう上がらなくなってしまう。



眠気が頭の思考をごっそりと奪っていく。




「おやすみ、刹菜」




尊都さんのその声は、もうほとんど私には聞こえなかった。



ただその優しい声音が、私をさらに安らかな眠りへと、誘っていくだけ。



とまあ、そんなこんなで。



私はとっても快適な運転のおかげで熟睡できたらしく。



起きた頃には尊都さんに寄りかかりまくっているという恥ずかしい状況になっていたのだった。





「ご予約されていた刹菜さんですね、こちらへどうぞ」



「…………」




そして到着したのは、セレブっぽい美容室……ではなく。



意外だが、ごく普通の美容室だった。



……もしかして、セレブっぽいところだと私が慣れない状況になってリラックスしづらいのを見抜いて?



なるべく自然体でいられるように、敢えてここを選んでくれたんだろうか。



そういえば、誘拐された日も、普通に私の目的のカフェに一緒に来てくれたっけ。



そう思ってちらりと尊都さんを伺ったけど、彼は微笑んでいるだけで何も言わなかった。



でもたぶんそういうことなんだろうなあ、と想像しながら、私は頭を美容師さんに預ける。



そうして、仕上がりを想像しながら目を閉じるのだった。





「わお」



「どうですか?このくらいの長さで大丈夫ですか?」



「とっても大丈夫です。すごく素敵です。ありがとうございます……!」



「ふふ、それはよかったです」




鏡の前で、思わずくるくると回ってしまう。



艶々でちょうどいい長さになった髪がふわりと揺れた。




「す、素晴らしすぎる……!」




うう、嬉しい。小躍りしたい気分だ。



あんなに傷んでいた髪が、もうこんなに綺麗になって……。



嬉しすぎて何度も髪に指を通す。



そんな私には店員さんと尊都さんの「お支払いはどうなさいますか?」「カードで」という会話は聞こえないわけだが。



もう私の幸せメーターは限界を通り越して溢れまくっていた。




「はあ…………いいな、これ」




これが、私が目指していた「幸せ」なんだ。



尊都さんがくれた、幸せだ。



普通の生活ができる。服をかわいいと言ってくれる。クラスメイトとお昼を食べられる。



おはよう、おやすみ、と声を掛け合う。一緒にカフェに行く。一緒に、ご飯を食べる。



そのどれもが、かつての私にはなかったもので。


その一つ一つがこんなにも素敵だったのだ。




「ありがとうございます、尊都さん」




結局やっぱり支払ってもらったことを申し訳なく思いつつ、私は尊都さんにお礼を言った。



「ん?」



「いろいろ。私を雇ってくれて。私に、こんなに幸せを体感させてくれて」



「…………」



「今まで頑張って生きてきた甲斐があります。こうなるなら、三食もやし活も悪くないですね」



「十分悪いよ」




尊都さんは呆れたように私に突っ込んでから、私の目を、その美術品のような美しい紺色の瞳で見つめる。




「俺は、刹菜を幸せにできてる?」



「もちろんです。私は、人生で今一番、幸せなんですから」




答えるのに、迷いなどいらない。



尊都さんのその問いかけにどのような思いが入っていたとしても、これは紛れもない真実なのだ。



私はとても幸せだ。嬉しい。楽しい。安らかだ。わくわくする。



その感情のどれもが、とても愛おしい。




「そっか」




尊都さんは嬉しそうに目を細めて、それだけ言った。