今夜、星影を溶かして




「髪を切りたいのですよ」



「髪を?」




誘拐事件から、1ヶ月ほどが経った。



あのあとは私なりに人攫いに警戒したつもりだったけれど。



尊都さんや黒葉さんが頑張っているらしく、あんなに溢れていた人攫いの被害の話が減っていき、数週間経った頃には消え失せていた。



そのことを話すと「そっか。よかった」とだけ尊都さんは呟き、ほっとしたように微笑んでいたのを覚えている。



そんなこんなで季節は春からだんだんと移り、今は梅雨も終盤で、学校は文化祭に向けた準備を始めている。



そんな中、私は尊都さんに髪を切りたいと持ちかけた。



私の隣でご飯を食べていた尊都さんは、そんな私をまじまじと見つめて首を傾げる。




「ほら私、前は髪を切る時間がなくて切っていなくて。おかげで髪も傷みまくりだったわけですよ」



「なるほど?」



「でも最近時間ができて、邪魔だなあと思うことが多くなって」




生活に余裕ができると、気になることも増えてくるというものだ。



前は気を割く余裕がなかったから気にしていなかったが、腰の下まで髪があると流石に邪魔だ。




「どのぐらいまで切りたい?」



「そうですねえ……邪魔にならなきゃ正直長さはどうでもよくてですね」




髪の好みというのもまだあんまり決まっていない。



ベリーショートは好まないかもとは思うが、あとはイマイチよくわからないのが現状だ。



……そうだ。尊都さんはどうなのかな。




「尊都さんは、長さは何がいいと思いますか?」



「俺?」



「私は特に希望がないので、決めていただけると助かります」




そう言うと、尊都さんは少し離れて私の全身を眺めて、それから私の胸の下あたりまでを指し示した。



だいぶ短くなるな。普通のロングぐらいまで短くなる。……いや、今までが長すぎたのか。



でもとりあえず、ちょうどいい長さになりそうだ。




「わかりました」



「美容室、予約しておこうか?」




そんな尊都さんの言葉に、そういえば私は美容室の予約方法や行けばいいところを知らないのを思い出した。




「……お願いします」



「わかった。いい腕のところを予約とるから、週末空けておいてね」



「了解です」




美容室の予約ができないことを忘れていた私をおかしそうに笑ってから、尊都さんは承知してくれた。



そしてまろやかなコーンスープを一口食べたところで、「あ、そうだ」と呟く。




「その日、俺の買い物にも付き合ってもらっていい?」



「いいですけど、何か買うんですか?」



「そう。それはもうだーいじな、お買い物だよ」




尊都さんは、なぜか私をニヤニヤしながら見つめて、そう言った。



なんだか胸騒ぎがする笑顔だ。



いったい何を買うのやらとドキドキしながらも、なぜか私は同時にワクワクしてしまってもいた。



尊都さんに、もう毒され始めているのかもしれない。



それがなんとなく恥ずかしい。



なんかこう、まだ会って1ヶ月ちょっとなのにな、みたいな。



…………変に照れちゃった。



なんか別の話題に逸らすか。



恥ずかしさのあまりに頭の中で話題を探し、ヒットしたものをそのまま口にしてみる。




「会った頃は尊都さんとっても忙しそうでしたけど、最近は時間に余裕がありそうですね」




恥ずかしさを隠すための世間話ではあるけれど、これは実際に気になっていたことだった。



私が雇用され始めた頃、尊都さんの平均帰宅時間は夜の八時前後だった。



朝ごはんは私が起きる頃には食べ終わっていたし、休日もほとんど仕事に行っていたように感じる。



だけど最近はこうして朝ごはんも一緒に食べるし、帰宅時間もちょっと早いし、休日はちゃんと休んでいるように見えた。



最近の様子を思い出しながら、尊都さんは気の抜けた笑顔で応える。




「最近はちょっと業務が落ち着いたんだ。刹菜のおかげでやるべきことも定まってるしね」



「やるべきこと……監視カメラのデータの件ですか?」



「そう。あれはもう、結果を待つしかないんだ」




結果を待つ状態だから時間ができてるわけね。



前に「唐揚げ……」という遺言を残す黒葉さんに対して「あれほど休めと言ったのに」と言っている本人がとっても仕事に真面目みたいだから「お前も休め」って言いたいくらい私も心配してたんだけど。



どうやら忙しさは落ち着いているようで、ひとまず安心かな。



よかったよかった。安らぎと余裕が一番だよね。



そんなふうにいきなりニコニコし始めた私に、今度は尊都さんが戸惑うことになったのだった。