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翌日。
私は、普通に、何事もなかったかのように、当たり前のように、学校に行った。
「刹菜さん、これ、職員室の机に置いといてくれる?」
「わかりました!」
いつもと変わらない朝。
手櫛で梳いた髪とアイロンがけしていない制服。
焼きもやしと濡れもやしと生もやしと塩味もやしだけの朝ごはんで凌いだ体。
3丁目のおばさんからもらったお下がりの教科書類に使い古した中履。
そんな生活でも風邪ひかず先生に笑いかけた私、刹菜は今日も絶好調だ。
そういえば、昔は貧乏でみすぼらしいからっていじめられてたりしてたっけ。
でも私があまりにもにこやかだから、いじめが全部徐々にフェードアウトしていったのを覚えている。
昨日は思いがけずあんなことがあったけど、私を攫った彼らはあのめっちゃ綺麗な「彼」が潰してくれただろうし。
まあ、結果オーライだよね。
こうして今日も生きてるんだから全然問題ない。
そんなこんなで、私は全員分のノートを抱えて職員室へと向かった。
「…そういえば、さっきからなんか先生たち、バタバタしてるなあ」
すれ違う先生みんな急いでいる。
今日何かイベントごとでもあったかな、なんて思い出そうとしてみるけどなにもない。
…はて。じゃあどうしたんだろう?
「失礼しました」
無事ミッションを完了し、私は教室の私の席まで戻ってきた。
やっぱり先生たち、バタバタしてたなあ。
学校中を大掃除してるみたいだけど、学校法人本部の校内清潔度テストでもあるんだろうか。
そんなわけないけども。
首を傾げていると、ちょうど近くで話をしていたクラスメイトが、外を見て騒ぎ出した。
「ねえ見てあそこ、めっちゃ高そうな車停まってる!」
「えっ、てか出てきた人イケメンすぎん⁉︎なにごと⁉︎」
え、もしかして本当に学校法人の本部きてる?
目をぱちぱちさせて、野次馬精神で私も窓の外を見る。
すると、なんだか昨日も見たような気がする黒塗りの車が停まっていた。
昨日の車と同じ車種なのかな?あれも明らかに高そう〜、セレブ〜、って感じだったけど、同じくらいお金持ちもいるものなのか。
続いて、クラスメイトが騒いでいた、イケメンすぎらしい人に視線を向けてみる。
そして。
「――え」
私はまた、氷漬けにされてしまった気がした。
だって、やっぱり「彼」は美しすぎる。
同じ車種かなとか私バカじゃないの、って3秒前の自分を罵りたくなった。
車種もなにも、「彼」本人がこの学校に来ていたのだから、車は同じに決まっている。
「な、んで、こんなところに……」
まさか学校法人の偉い人なのかな…?
昨日と同じような黒一色のパリッとしたスーツを着こなしていて、あの人の足元だけレッドカーペッドの錯覚が見えそうだ。
思わず足を止めて見惚れていると、不意に「彼」は、視線を上げた。
「…っ!」
「ねえねえ、今あの人こっち見たよね⁉︎」
「イケメンすぎるよ……!」
ざわざわする廊下、相変わらず慌ただしく廊下を走り回る先生たち、そんなの気にならないほど、私はその瞳に呑まれていた。
――視線が、交わっている。
やっぱり夜の海みたいな瞳だ、と思った。
深い紺色で、船の光を反射して輝く海みたいな目。
ほんとに綺麗だ。
もう私は瞬きしかできなくて、ただその人と見つめあっていると、「彼」は口角を持ち上げて口を開いた。
「う、あ」
思いっきり動揺した私は、思わず後退りした。
だって、視線だけならともかく、意思までもが私に向くなんて、聞いてない。
というか絶対あの人も、私が昨日の人だってわかってるよね。
「……なにもない、といいけど」
私は力無く椅子に座って机に突っ伏し、小さく呟いた。
読唇術なんて心得てはいないけど、でもだって、「彼」は絶対、こう言おうとしたに違いないのだ。
「見つけた」と。



