「っ⁉︎」




背中がぞくりとするほどに無感情で、恐ろしいほどに綺麗に響くその声は、私たちの動きを一瞬で氷漬けにした。



なに、この威圧感と鋭さ……聞くだけでも風格が半端ないんだけど。



筆舌に尽くしがたい緊張を感じながらゆっくりその方向を見やる。




「……っ!」




……果たして、声の主は天使も(ひざまず)くような美貌を持っていた。



純黒のスーツを纏う「彼」の夜の空のような黒い髪、夜の海のような紺色の瞳から目が逸らせない。



なんなの、この人。



こんなに綺麗な人がこの世に、存在したというのか。




「お前たち、また女を売り捌こうとしてたわけね」




こつ、と「彼」が一歩踏み出した。




「ひぃっ!」




あまりの圧と雰囲気になにも言えず腰を抜かす男たちを横目に、私はただ茫然として状況を眺めることしかできない。



……でも、そうか、やっぱりこの人たち人身売買の常習犯だったのか。




「まあ知ってたけど。それで今回潰しに来たわけだし」



「……っ」



「お前たちのリーダーが見えないけど、どこにいるのかな?」



「うう、うううっ、い、いい命だけは…っ!」




まるで映画のワンシーンだった。



追い詰められた犯人たちが、ただ命乞いをしているみたい。



私はそんな事件の被害者だというのに、ただそうとしか感じられない。




「……言い方を変えようか」




ついに男たちのうちの1人のところまで辿り着いた「彼」はおもむろにしゃがみ込み、怯える男の髪を掴む。




「――お前たちの総長はどこだ」




さっきとは打って変わって、鋭くて切られてしまいそうな声だった。



抗うのは許されないと本能で感じるほどで、口調が変わったのも相まって非現実感が凄まじい。




「そ、そそそ総長は、お、奥の……っ」



「奥の部屋か?」



「そうだ、そこで気絶してるっ!」



「……気絶?」



「!」




そのとき、私は悟った。



あの怯えている男はこれから余計なことを言うと。



厄介なことにもうこれ以上巻き込まれたくないし、そもそも明日は学校だ。



特待生として学費をほぼゼロにして通っている私としては、評価を下げるようなことはしたくない。



空は窓から見る限り真っ暗だし、早く戻って寝ないと寝坊で遅刻しちゃう。



つまりここは、先手を打っておくべきだ。




「そこの女が殴っ――」



「オルァッ」




手枷が錆びててよかった。



今まで壊す暇がなかったからそのままにしていた手枷を、近くの手すりを使ってヤケクソに壊し、続いて足枷も無理やり壊した。



錆びついてる枷つけられてたの地味に嫌だったけど、水道代が勿体無いから今日は軽いシャワーで終わろう。



そんなことを考えながら逃走を実行した。



壊すときに女子ならざる声を出したのは気のせいだということにしておく。




「!」




「彼」が振り返る気配がした。



でも私は振り返らない。



振り返ったら最後、もう二度と逃げられなくなる気がしたから。



お金も健康もなにもないから正直失うものはないけど、それでも日々の安寧だけは守りたい!



ただその一心で、私は高そうな黒塗りの車の横を通り過ぎ、その場から離脱したのだった。




「………く、くくっ」




そう、その行動がむしろ。




「そうか、お前たちのリーダーはあの子が気絶させたんだ?」



「は、はいぃぃぃぃぃl!そうです!!!その通りですっっっ!!」




私のそれまでの日常をぶち壊すことに繋がるなど、想像もせずに。



その浅慮が引き起こすのは果たして、幸か、不幸か。