「…………」




その日の帰りに。




「えと……大丈夫ですか?」



「………………唐揚げ」



「唐揚げ……?」




あの黒塗りの車が待っているはずの路地に行こうとすれば、道に唐揚げ色の髪の男の人が倒れていた。



心配で声をかけ続けているんだけど、「……唐揚げ……」しか返ってこない。



お腹が空いて倒れているのかな? 空腹は辛いよね、わかる。



よし。超貧乏時代のお金ならまだほんのちょっと残ってるし、尊都さんからもらったお小遣いもある。



私は使い慣れないスマホで運転手さんに「からあげ買ってきます」と拙く送信し、そのまま近くのコンビニに駆け込んだ。



……よかった。お惣菜くらいなら、私が稼いだお金で買える。節約しててよかった……。



適当なものを買って戻ると、やっぱり唐揚げの男の人は「……唐揚げ」と呟きながら倒れ伏している。




「あの、唐揚げです。コンビニのお惣菜でよければ……」



「唐揚げ⁉︎」




捨てられている犬に薄切りのハムを差し出す気分で箱を置くと、男の人はすぐに飛び起きた。



よっぽどお腹が減ってるんだろうなあ、と思いながら「どうぞ」と言うと、その人は脇目もふらず唐揚げを頬張り始める。



餌にがっつく動物みたいだ。なんか大型犬のしっぽが見える気がする。




「んんーっ!うめぇ、これだこれ!!」




コンビニ惣菜だけどね。



でも美味しそうならよかった、と私はしばらく食べ続ける男の人を見守った。



……にしても、よく見たら綺麗な人だな。



髪もツヤツヤしてるし、肌も唇も荒れてない。服も道路の土がついてるだけだし、お金がないわけじゃないのか。



全体的に明るい雰囲気のある人で、人懐っこそうな印象を受ける、整った顔立ちだ。




「いやあ、助かった」




綺麗に惣菜を平らげた唐揚げの人は、両手を合わせてお礼を言ってくれた。



どうやら一時的とはいえ、解決したようだ。安心。




「それはよかったです。忙しかったんですか?」



「それがそうなんだよ。もう5日まともな飯食ってなくてさ」




おお、なるほど。かわいそうに、私みたいな生活して。



私もたまに空腹すぎて散財することあったなあ、夜遅くにスーパーの半額シールを血眼で探してた。



あの頃からもやしの味変を覚えたんだったっけか。




「精神にも健康にもよくないですし、これからはちゃんと食べてくださいね」



「ああ、気をつけるよ」




どの口が言ってるんだろうか。でもこの人お金ある程度持ってるみたいだし、やっぱり食べられるなら食べてほしい。



忙しくても、休憩挟んだほうが効率いいときとか、あるしね。




「俺は黒葉(くろば)だ。あんたは?」



「刹菜です」



「そうか、刹菜。改めて唐揚げ、ありがとな」




八重歯を出して笑って、黒葉さんは手を差し出してきた。



……握手を求められている?



……そうか、私もうボロボロじゃないから、汚れるのを嫌った人たちが握手を遠慮することはもうないのか。



そうだ、私今、清潔なんだ。




「どういたしまして」




私も笑顔で、黒葉さんの手を握り返した。



よかったよかった、解決。ずいぶん運転手さん待たせちゃってるし、もう行かないと。




「それじゃあ私、人を待たせてるので、これで」



「ああ、悪いな。ありがとう。じゃあな!」



「またいつか!」




私と黒葉さんは、笑顔で手を振り合い、それぞれ逆方向に足を向けた。