その日の夜。
 わたしはベッドのなかで寝たふりをして、レンゲが人間になるのを、わくわくしながら待った。
 昨日の夜、ドロボウをやっつけるために人間になってくれた、レンゲ。
 レンゲは、やさしい猫なんだ。
 ホームセンターで買ってあげた、大きなクッションがお気に入り。
 いつもはそこで寝ているけれど、たまにきまぐれに、わたしのベッドでいっしょに寝る。
 わたしにはそれがとても嬉しくて、毎日いっしょに寝てくれたらいいのになあ、なんておもうんだ。
「レンゲ、来ない……。ちょっと、ねむくなってきた……」
 あくびをしかけたとき、窓の外に、ふわっと黒い影が浮かびあがった。
 半分開いたカーテンに映る、スラリとのびた黒い影。
 おしりから伸びた、ふさふさのしっぽは、間違いなくメインクーンのしっぽ。
 肩まで伸びた長い髪、頭のうえの大きな三角の耳。
 わたしはからだを起こし、身を乗り出した。
 月の光にきらきらと光っている、キレイな毛並み。
 毎日、ブラッシンクをしてあげているから、わたしには一目でわかる。
「……レンゲ?」
 ベッドから飛びおりた。
 そして、窓に手を伸ばしかけたとき。
「来るな!」
 とつぜんの怒鳴り声。
 わたしの肩が、びくりと震える。
「チカナ。危険だ。そこにいろ」
 これ、レンゲの声?
「やっぱり、レンゲなんだよね? あぶないって……大丈夫なの?」
「やつがまた、この家に来たみたいだな」
 まさか……昨日のドロボウ?
 レンゲが追い払ってくれたはずなのに。
「安心しろ。おまえは、おれが守る。すぐにこの爪で、八つ裂きにしてやるさ」
「ええっ。そんなことしちゃだめ!」
「あいつは、おれと同じ【キノ・キラン】だ。簡単に傷つかない。本気でいかないと……やられる」
 ——キノ・キラン
 初めて聞いた単語に、首をかしげてしまう。
 しかし、レンゲはそんなわたしを放って、ピョンとベランダの上に飛んでいってしまった。
 わたしも、あわてて追いかける。
 玄関を出て、レンゲを追いかけた。
 庭に出ると、レンゲが隣の家の屋根に立っていた。
 レンゲの視線の先に、誰かの影が見えた。
 夜の闇にまぎれながら、しっぽをピンと立てている。
レンゲのとは、違うかたちのしっぽだ。
 クルンとしていて、ふわふわのシッポ。
 どこかで見たことがあるシッポだ……。