うちのかわいい愛猫が、満月の夜にイケメンに!? 主従関係になるなんて聞いてません!

 中庭で、菜園の手入れをしている、ヤクモを見つけた。
 ここ最近、ただのゲーム好きの幼なじみだったはずのヤクモの、いろいろな一面を知っていく。
 小さいころから知っているはずのヤクモが、なんだか別人みたいに見えるときがある。
 それでも、わたしたちに気づいて、手を振ってくれるヤクモは、これまでとまったく同じ、優しい笑顔だった。
「チカナ、レンゲ。どうかしたのか」
「えっと。ヤクモに、わたしとレンゲに、稽古をつけてほしいな、と思って。十六夜堂の一員として」
 すると、ヤクモは嬉しそうに頷いてくれた。
「――そうか。チカナとヤクモも、正式にここの一員になったってわけだな?」
「うん」
「もちろん、オーケー。おれも、十六夜堂の一員になったときは、モクレンとナズナさまに稽古をつけてもらったんだ。そのことを思い出すよ」
「え? モクレンと、ナズナさまのふたりに?」
「ああ。モクレンのマスターは、ナズナさまだからな。ナズナさまの指示通りに動くモクレンは、けっこう手ごわいよ」
 それを聞いて、わたしはさらに驚く。
「キノ・キランが、キノ・キランのマスターになれちゃうの?」
「どうやら、そうらしい」
 たしかに、モクレンとナズナさまのあいだには、深い絆があるように見えた。
 ナズナさまのことを一番心配していたのは、モクレンだったもんね。
「キノ・キランには、まだまだ謎が多い。おれも、どこまで教えられるかわからないけど――さっそく、はじめるか?」
 中庭の中央にある、開けた場所へ移動し、わたしとレンゲ、そしてヤクモとシロツメが対峙する。
 人型のキノ・キラン同士が、向かいあうだけで、けっこうな迫力があった。
 ヤクモの前で、シロツメがテンション高く飛びはねている。
「遠慮なく、攻撃してくれていいよ! ふたりとも!」
「ええ。そんな。いくらキノ・キランが丈夫でも、ケガしちゃうよ」
「大丈夫。こういうのは、習うより慣れろだ。いつも、そういってるだろ?」
「それは、ゲームの話だから!」
 ヤクモといい合っていると、レンゲがスッと、わたしの前に出た。
「遠慮するなっていわれてるんだ。期待に添えなきゃ、失礼ってもんじゃないか」
「れ、レンゲ……」
 レンゲのシッポが、ふくらみ、鼻にシワがよっている。
 戦闘態勢だ。
「チカナ。おまえのサポートがあれば、すべてうまくいく。おれを信じろ」
「わかったよ、レンゲ。……やろう」
 すると、レンゲは目を細め、満足そうにほほ笑んだ。
 するどいツメを出し、目の前のシロツメを見すえる。
「やる気マンマンだね、レンゲくん」
 シロツメが、キバをむき出しにして、ニヤリと笑う。
 けものの手をにぎりこみ、パッと開くと、小枝がにぎられている――柴だ。
「きみに勝ったあとの黒毛和牛、いまから楽しみだなあ」
 柴をシュッとふりおろす、シロツメ。
 まばたきのうちに、それは二メートルほどの長さまで伸びる。
「――レンゲ!」
 わたしの声掛けに反応し、レンゲがシロツメまで、一気に距離をつめた。
 シロツメの鼻先にむけて、爪をふりおろす。
「瞬発力もスピードも、猫の方が上だよ!」
 しかし、その爪が届く前に、シロツメが瞬時に身をかがめ、地面に手をつくと、レンゲにむかって足を蹴りあげた。
 蹴りは、腹部に直撃し、レンゲが地面にたおれこむ。
「たしかに、シバイヌの走る速度は三十二キロ、猫は約四十五キロ。一般的には、猫の方が身体能力は高い。けどな、チカナ。レンゲは、メインクーン。つまり、家猫だ」
 たしかに、レンゲはいつも家のなかで遊んでるけど。
「つまり、熊をも狩ってしまうシバイヌとは、狩猟本能が違う」
 獲物を狩るという、強い意思。
 それが、メインクーンとシバイヌの違いだっていうの?
「それをいうなら、レンゲだって!」
 いつも遊ぶ時、お気に入りのボールに一直線だ。
 レンゲは、すぐに態勢をたてなおした。
 くるりと体を回転支え、やわらかい身のこなしで、再びシロツメに向かっていく。
「猫と犬、どっちが強いか――」
「――勝負だよっ!」
 レンゲが走りながら、右腕を伸ばし、空中をひとかきする。
 その空間が、ぴりっと裂けた。
 そこに、ガバッと手を入れ、あるものを取り出し、その場でジャンプする。
「レンゲ、それって……!」
 レンゲは、クルリとカラダを横に回転させる。
 シロツメの後ろに一瞬で回りこみ、彼の右腕を後ろ手に固定し、動かないようにする。
「うわっ、いててててて!」
 シロツメが痛がっている声に被せるように、チョキン、という音がやけに耳に響いた。
「うわああああ! ぼくのシバが刈られた! 工作バサミなんかに!」
 シロツメが、固定された腕を振り切ろうしながら、叫ぶ。
 ヤクモは、レンゲの能力に驚きながらも、まだ闘志は消えていないようだった。
「シロツメ! 柴を刈られたくらいで、おまえの能力は消えないだろ!」」
「――そのとーり!」
 短くなった柴を手に、犬歯を見せて笑う、シロツメ。
 まるで倍速再生のように、シロツメの柴は元の二メートルほどの長さに戻ってしまう。
「ぼくの柴のムチは、正確には『柴を成長させる』能力なんだ。だから、刈られたってなんてことないもんね~。ハサミで刈られたことがなかったから、ショックで驚いたけど」
 伸びた柴が、ずるずるとレンゲに巻きつき、ぎゅうぎゅうとからだを締めあげる。
 柴の強烈な締めあげに、レンゲは捕まえていたシロツメの腕を、ついに離してしまった。
「さーて。ぼくの柴を刈るような、わるい子だーれだ?」
「……ふん」
 どうしよう……レンゲが負けちゃう……!
 わたしが……わたしが、レンゲのパートナーだから――?
 ドクン、と心臓がいやな音を立て、跳ねあがった。
「レンゲが負けちゃうなんて、そんなのいや」
 ドクン、ドクン、と胸の奥が熱くなる。
 レンゲが、わたしのパートナーが負けるなんて……だめ。
「わたしが……レンゲを勝たせるんだ!」
 そのとき、とある記憶がよみがえる。
 わたしが、ヤクモの家に行ったときの、少し前の記憶だ。
 ヤクモがいった、あのときのセリフが、今このとき嘘みたいに鮮やかに再生される。
「レンゲ――来て!」
 飛ぶように、わたしの元に帰ってきたレンゲに、『そのこと』を伝えると、レンゲはニヤリといじわるそうに笑った。
「おれのパートナーは、『勝つこと』に本気だ。それが、おれはたまらなく嬉しい」
 レンゲは、爪をフルーツナイフのように、するりと動かし、指先の空間を裂いた。
 開いた空間の裂け目から、『あるもの』を取り出し、ヤクモのほうでも、シロツメのほうでもない、どこかへ投げる。
 しかし、それは、わたしたちの狙いだった。
 案の定、シロツメは反射的に、『あるもの』を目で追っている。
 シバイヌは、狩猟本能に逆らわない。
 それに向かって、一直線に走って行ってしまう。
 すると、ヤクモが耐えきれないとばかりに、大声で笑いだした。
「反則……ではないか。それは、レンゲの能力だもんな。でも……あれ『おれの通学用の靴』だよな……」
 そう。
 少し前、ヤクモの家に遊びにいったとき、ヤクモが困ったようにいっていたんだ。
『シロツメが、おれの通学用の靴を気に入っちゃって、隠しておくのが大変なんだ』って。
 ちょっと目を離したすきに、シロツメがくわえて、どこかへ行っちゃうんだって。
 わたしは、その話を覚えていた。
 だから、レンゲに能力で取り出してもらったんだよね。
「これで、形勢逆転だよ! ヤクモ!」
「……いや、これ。シロツメの戦闘不能だな。もう、戦う気がなくなっちゃったよ、あいつ」
 ヤクモが苦笑する。
 たしかに、シロツメは菜園のすみっこで、ヤクモの靴にじゃれついていて、もう稽古のことなんて、すっかり忘れちゃってるみたいだ。
 ヤクモは、わたしの前に、手を差し出してきた。
「油断大敵。これを教訓に、おれたちももっと強くなるよ。レンゲの能力は、もう覚えたからな?」
 わたしたちは握手をして、健闘をたたえ合った。
 ヤクモが、レンゲとも握手をしようと手を差し出した。
 すると、レンゲも誇らしげな顔をして、ヤクモの手を握り返した。
「……シロツメは、いいの?」
「ああなったら、しばらくは帰ってこないよ。遊びつくさないとさ」
「……く、靴、弁償するよ」
「はは。いいよ。シロツメに遊ばれるのはわかってたことだからさ。すでに何足か、買ってあるんだ」
 それでも、こうなったのはわたしの作戦のせいだもんね。
 あとで、ヤクモの靴のサイズを聞いてみよう。
「そうだ、チカナ」
 ヤクモが、気を取り直したようにいう。
「レンゲの能力だけどな。うまく使えれば、かなり便利な能力だけど、レンゲとの連携も重要だぞ。しっかり、訓練したほうがいいな」
「訓練かあ……」
 もっともっと、レンゲと息の合ったコンビネーションができるようにならないといけないってことだよね。
 レンゲを見あげると、澄んだ黄金色の瞳が、わたしを穏やかに見下ろしていた。