隣にいる理由を、毎日選びたい

 二月上旬。
  プロジェクト「Re:frain」の最終段階が近づいていた。
 UI設計、コンテンツ更新スケジュール、追加機能の仕様確認──
  すべてが整い、あとはリリース前の最終チェックを残すのみ。
 「……本当に、あと少しなんだね」
 「はい。ここまで、あっという間でした」
 ふたりは、会議室でいつものように並んで作業をしていた。
  隣にいることが“日常”になっていて、誰もそれを不思議がらなくなっていた。
 だが、プロジェクトの終了が見えてきた今──
  “日常”の終わりも、同時に近づいている。

 「ねえ、一之瀬さん」
 その日の帰り道、凛がぽつりと口を開いた。
 「プロジェクトが終わったら、私たち……どうするんだろうね」
 「……たぶん、“元・恋愛否定ペア”として歴史に刻まれるんでしょうね」
 「そうじゃなくて、“私たち”がどうなるのかってこと」
 珍しく、凛がはっきりと“個人”の関係を指した。
  悠人は立ち止まり、少しだけ間を置いてから答えた。
 「……正直、考えたくなかったです」
 「でも、考えないとダメだよ。ここまで来て、“仕事だから”で済ませるのは、もう無理がある」
 静かな夜風の中で、凛は淡々と続ける。
 「私ね、最近ふと怖くなるときがある。あなたといないと、自分のバランスが崩れそうな気がして」
 「それは、“支えられてる”ってことじゃないんですか?」
 「ううん、違う。“依存しつつある”ってこと。……これって、共依存の始まりなんじゃないかって」
 その言葉に、悠人は言葉を詰まらせた。
 「最初は、恋愛に縛られたくなくて、こういう関係を選んだ。でも、今は違う形で、自分が相手に縛られてる気がするの。恋じゃない、でも、ただの“合理的なパートナー”でもない。……どっちつかずのまま、必要とし合ってる」
 「それの、何がいけないんでしょうか」
 「……え?」
 「共依存って、確かに問題になることもあります。でも、今の僕たちは、互いに“損なってない”ですよね。必要とし合って、支え合って、少しだけ怖がってる。それって、悪いことですか?」
 凛は、言葉を失う。
  やがて、ぽつりと返す。
 「……優しいね、あなたは。だからこそ、もっと曖昧にしていたくなる」
 「それは、“恋にしないための逃げ”ですか?」
 「たぶん、そう」
 その瞬間、ふたりの間に“明確な感情”が浮かび上がりかけた。
  でも、それを口にすれば、今の関係は壊れてしまう。
 「共依存って言葉で逃げた方が、楽だったのかもね」
 「それでも僕は、逃げない方を選びたいです」
 「……こわいよ、あなた」
 「僕もです。有栖川さんが、ちゃんと“自分の足で歩く人”だってわかってるから、怖いんです」
 夜の交差点。
  信号が青に変わっても、ふたりは動かなかった。
 ただ、その距離だけが、ほんの少しだけ近づいていた。
 ──第12章・了──