隣にいる理由を、毎日選びたい

「で、飲み会参加って、本気ですか」
 ある金曜日の午後、社内全体の達成会が急きょ開催されることになった。
 場所は、オフィス近くの居酒屋。
 部署をまたいだメンバーが集う、典型的な“社交の場”。
「断るのも手ですけど、今回はプロジェクトとして注目されている立場ですからね……。参加だけして、早めに帰りましょうか」
 悠人の言葉に、凛は珍しく渋い顔をした。
「飲み会って、あの“距離感ガバガバ空間”が苦手なんだよね。誰にでもフランクに話して、誰にでも気を遣って……“一線”が曖昧になるのが嫌」
「同意です。境界が曖昧になる場ほど、人は他人に期待を押しつける」
「うわ、やっぱ一之瀬さん、感覚近い。嬉しい」
「僕も“飲み会嫌い派”に賛同者がいて安心しました」
 そうして、なんとなく“ふたり一緒なら耐えられる”という空気のまま、参加することに決まった。

 夜。
 飲み会会場は、ほどよく騒がしく、照明も少し暗い。
 角の席に並んで座った悠人と凛は、あらかじめ話し合って“長居しない”ことを確認していた。
 乾杯が済み、食事が始まると、次第にあちこちで話題が飛び交い始める。
「ねえねえ、有栖川さんって彼氏いないの? 一之瀬くんとよく一緒にいるのに」
 唐突な問いに、凛は一拍だけ置いてから、はっきり答えた。
「いません。恋愛感情は業務効率を下げると考えているので」
「え、えぇ〜!? 理由それ!?」
「そうだよ。合理的すぎて惚れるわ逆に」
「じゃあさ、逆に言えば、“一之瀬くんとなら恋愛にならない”って前提で一緒にいるってこと?」
「あ、そこは違う。別に“一之瀬くんなら平気”とかそういう意味じゃなくて」
「あ〜〜そういう言い回しって、逆に意味深だよね~」
 凛は内心「面倒くさいやつらだ」と思いながらも、場を壊すことなく笑ってかわした。
 すると、横にいた悠人がさりげなく話題を引き取ってくれる。
「ご心配なく。僕も恋愛による業務干渉には否定的です」
「真面目か!」
「でも有栖川さんとは、そういう意味で価値観が合ってます」
「……おお、言い切った」
 その一言に、隣で凛が一瞬だけ黙る。
(価値観が合うって、口に出されると……なんか、変な感じ)
 相手に言われてはじめて気づく。
“自分にとっても、同じくらい居心地がいい”ということに。

 会がお開きになったあと。
 帰りの駅までの道すがら、二人は並んで歩いた。
「お疲れさまでした。有栖川さん、すごく冷静でしたね」
「ううん。内心、めちゃくちゃ動揺してた」
「え、どこで?」
「“価値観が合ってる”って言われたところ」
「……それ、嫌でした?」
「……いや。むしろ逆。ちょっと、ドキッとした」
 いつものように軽く言ったはずなのに、自分の声が妙に本音っぽく響いて、凛は内心舌打ちした。
 悠人は、少しだけ歩みを止める。
「……僕も、あの言葉は、なんとなく言ったわけじゃないです」
「うん、わかってる。でも、だからこそ……ちょっと怖い」
「なにがですか?」
「この先、あなたに何かが起きたときに、私はちゃんと“業務的な距離”を保てるのかって」
 夜風が吹いた。
 ふたりの間に、一瞬だけ言葉がなくなった。
「……考えても仕方ない未来のことより、今日、帰り道を一緒に歩いてるって事実の方が、僕は意味あると思います」
 その言葉に、凛はほんの少し笑った。
「それ、今のセリフ、ちょっとだけズルい」
「たまには、例外も」
 ──それが“恋”かどうかは、まだわからない。
 けれど、“この人と一緒なら飲み会も悪くない”と思えたことだけは、確かだった。
 ──第6章・了──