隣にいる理由を、毎日選びたい

 それは、まったくの偶然から始まった。
 週明け月曜日、出社してきた悠人がPCを立ち上げると、通知音が鳴りやまない。
 Slack、社内メール、そして個人のX(旧Twitter)アカウントのDMまで──
  「見た?」「これ、あなただよね?」「バズってるぞ」と、ひとつの話題で持ちきりだった。
 その原因は、たった一枚の写真。
 『恋愛禁止のプロジェクトに参加してるこの二人、絶妙な距離感すぎて逆に気になるんだが』
  という文とともに、長野出張時のセミナー風景がアップされていた。
 写真の中で、悠人と凛は互いに資料を確認しながら、視線を交わして笑っていた。
 それだけだった。
  だが、Xのアルゴリズムはそれを“恋愛未満の尊い関係”として捕捉し、投稿は瞬く間に拡散された。
 「まさかの“恋愛しないCP”ってタグがついてる……」
 悠人は苦笑しながら、画面を閉じた。

 「……ごめん、私の顔が緩んでたせいかも」
 午後のオフィス。会議室の隅で凛が呟いた。
 「いえ、僕もです。普段より笑っていた気がします」
 「でも、あの程度の笑顔で“付き合ってる風”になるんだね。やっぱり世間の目って……」
 「勝手な期待を映す鏡ですから」
 「恋愛否定って名乗っても、こうして文脈を与えられる」
 「正直、予想はしてました。でも、ここまで注目されるとは」
 「じゃあ……今後、何をしても“そう見られる”って前提で動かなきゃいけない?」
 「可能性は高いです。ただ、その視線に合わせて行動を変える必要はないと思います」
 「……うん。変えたら負けな気がする」
 凛はそう言って、目線を落とした。
 けれど、そこにわずかに映った“動揺”を、悠人は見逃さなかった。
 「正直に言えば、少しだけプレッシャーを感じてます」
 「……え?」
 「“好きにならない”と誓ったこの関係が、外から“付き合ってる風”に扱われることに、です」
 「……私も。たぶん、ちょっとだけ同じ」
 それは、二人にとって初めての“共感による脆さ”だった。

 夜。
  凛は帰宅後、いつものようにプロジェクト進捗をまとめていたが、途中でふと手を止めた。
 タブを切り替え、あの写真をもう一度見る。
 ──どこにでもある、職場の一コマ。
  でも、その表情の柔らかさは、今の彼女が思っているよりも、ずっと“親密”に見えた。
 「……恋愛してないのに、なんでこんな顔してるんだろ」
 その問いに、答える者はいない。
  だが、彼女の中でひとつの感情が、確かに芽吹いていた。
 “この関係が壊れるのが、少しだけ怖い”──そんな、自覚のない不安が。
 ──第5章・続く