魔法使い時々王子

二人の間に、静かな時間が流れる。

触れた手の温もりだけが、まだ残っていた。

——その時。

遠くから、かすかに鐘の音が響いた。

一度。
そして、もう一度。

舞踏会の進行を告げる合図。アリスは、はっと顔を上げた。

「……もう、戻らないと」

現実に引き戻されるように、そう呟く。

シドもまた、静かに立ち上がった。

言葉は、もう多くはいらなかった。

ただ——

「……待ってる」

短く、それだけを告げる。

アリスの瞳が、揺れる。

何かを言おうとして——けれど、言葉にはならない。

代わりに、小さく頷いた。

それが、今の精一杯の答えだった。

扉の方へと歩き出す。あと数歩で、届く距離。

——なのに。

アリスは、ふいに足を止め振り返った。

そこには、変わらずシドが立っている。

その姿を、しっかりと目に焼き付けるように見つめて——

「……ありがとう」

小さく、そう言った。

それ以上は、何も言わず。

アリスは塔を後にした。

扉が閉まる音が、静かに響く。

再び、塔に静寂が戻る。

シドはしばらく、その場に立ち尽くしていた。

やがて——

ゆっくりと目を閉じる。

「……必ず」

誰に向けたものでもない、確かな誓い。

その声は、静かな夜に溶けていった。