魔法使い時々王子

アリスは勧められるまま、ソファに腰掛けた。

ほどなくして、控えていたメイドの一人が静かに紅茶を注ぐ。淡い香りが部屋に広がった。

「改めて、アルシエラです。会うのは結婚式以来ね」

王妃は柔らかく微笑む。

アリスは姿勢を正し、深く頭を下げた。

「お久しぶりでございます、王妃様。きちんとご挨拶に伺うこともせず、申し訳ございませんでした」

「あら、そんな気になさらないで」

アルシエラはくすりと笑う。

「ほら、この通り。私はこんなところに篭っておりますでしょう? 表立った公務はすべてエレノオーラに引き継ぎましたの。私はもう、公の場には出ておりませんのよ」

穏やかな声音だったが、その瞳の奥には静かな深みがあった。

アリスはこの国へ来てすぐ、ルーナからその話を聞いていた。
だが――理由までは聞いていなかった。

アルシエラはゆっくりと視線を窓の外へ向ける。

「……私は昔から、少しばかり“感じすぎる”質でして」

静かな声が、部屋に落ちる。

「人の感情、場の空気、まだ言葉になっていない想い……そういったものが、まるで風のように伝わってくるのです」

指先がティーカップの縁をそっとなぞる。

「若い頃はそれでも耐えられました。けれど、リトを産んでからはさらに強くなってしまって」

王宮に満ちる思惑、野心、疑念、不安。

それらが絶えず押し寄せる。

「公務の場に立てば、人々の感情が波のように押し寄せるのです。……正直に申し上げて、心が持ちませんでした」

だから、とアルシエラは静かに微笑む。

「体調を理由に、早めに退くことにしたのです。表向きは静養ということにしておりますけれど」

その表情に後悔はない。ただ、受け入れた者の穏やかさがあった。

「けれど、感じる力が消えたわけではありません」

そしてゆっくりと、アリスを見つめる。

その視線は、優しく――しかし、すべてを見透かすようだった。