魔法使い時々王子

温室に沈黙が落ちた。
アリスとシドは、互いに視線を逸らしながらも、その場を離れがたく座っていた。
ただ静かに、冬の柔らかな陽光だけが二人を包んでいた。

――その静けさとは対照的に。

王宮のルイの執務室。

机の上には、イスタリアから届いた報告書が開かれていた。
ルイは背凭れに身を預け、しばし目を閉じていたが、やがて低く息を吐いた。

「……シドが、ジル国王の申し出を断った、か。」

重く響く声に、部屋の空気が張りつめる。

ルイは胸の奥に小さな不安を覚えていた。

(イスタリアの王が再び手を伸ばすなら……シドは、どこまで拒み続けられるのだろうか)

王として、兄としてここは静かに見守ろうとルイは心の中で思った。

視線を窓の外へ移すと、冬の空に淡い月がかかっていた。
ルイはその光を見つめながら、己に言い聞かせるように呟く。

「シド……この国で、己の道を歩んでみせろ。」

その声はやがて凛とした沈黙に吸い込まれ、広い執務室にひとり残された彼の背を包み込んでいった。