雨と妖精に導かれて ──御曹司CEOからの溺愛ラビリンス

 銀座・有栖川グループ新社屋。
  三月三日、桃の節句のこの日、最上階のガラス張りのホールには春の光が差し込み、会場全体を柔らかな色彩で包んでいた。
  テーマは「未来への設計図」。
  子どもたちの創造力を支えるためのチャリティ・オークションが、ここで初めて開催される。
 ホールには、海外からのパトロンや企業代表、文化人らが集まり、それぞれのテーブルに“希望の花”と名づけられた白桃の枝が飾られていた。
 その中央に展示された一枚の絵。
  それはアキが描いた、“未来の街”だった。
 風力と太陽光で動く透明な列車。
  森の中に浮かぶ学校。
  子どもたちが空を描くキャンバスのある広場――
 「まるで、夢のようね」
 慈美が、感嘆の声を漏らした。
 「夢じゃない。きっと現実にできる。……“信じる力”さえあれば」
 美里はそう言いながら、お腹をそっと撫でた。
 テーブルの向かい側では、怜聖が静かにグラスを傾けていた。
 「……久しぶりだな、美里さん」
 「……怜聖さん。今日は来てくれてありがとう」
 泰雅が席を立ち、ふたりに歩み寄る。
  その視線に、敵意はない。ただ、時間の積み重ねと向き合う覚悟があった。



 春の陽光が降り注ぐホールで、泰雅は怜聖と向き合った。
  かつての同志、そして競争相手。
  数々の場面で対立してきたふたりだったが、この日だけは互いに素の表情で言葉を交わしていた。
 「寄付、ありがとう。まさか君が、アキの絵に一番乗りで入札するとは思わなかった」
 「……俺も驚いてる。でも、あの絵には、俺が忘れていたものが詰まっていた」
 怜聖の目に一瞬だけ過去の影がよぎる。
 「子どものころさ、絵を描くのが好きだったんだ。だけど“正しい線”ばかり引こうとして、何も描けなくなった。……それを思い出した」
 「“自由に描いていい”って、君が誰かに教えられる立場になるなら、未来はきっと変わる」
 泰雅の言葉に、怜聖は小さく笑った。
 「それでもいいかもしれない。……敗者としてじゃなく、“つなぐ者”として、また歩いてみるよ」
 チャリティの最後、アキの絵が落札され、寄付総額は過去最大に。
  壇上では、美里が感謝のスピーチをしていた。
 「このオークションは、ただの募金活動ではありません。“未来を信じる心”を共有する時間でした。……その設計図を描いたのは、子どもたちです」
 ふたりの背後で、妖精たちが微笑んでいた。
  光の粉が天井から舞い、桃の花びらとともに、会場を優しく包み込む。
 泰雅は、美里のそばに戻り、彼女の手を取った。
 「未来への設計図、次は俺たちの番だな」
 「ええ。あなたとなら、どんな地図でも描ける」
 【第34章『未来への設計図』 終】