雨と妖精に導かれて ──御曹司CEOからの溺愛ラビリンス

 東京・上野。
  国立博物館特設ホールの扉が開かれた瞬間、静謐な空気の中に国際的な緊張が走った。
  今夜、ここで授与されるのは〈国際文化賞〉――国や言語の壁を越えて、人と人の絆を深めた者に贈られる名誉ある賞。
  その受賞者として、泰雅の名前がアナウンスされたとき、誰もがその“肩書き”ではなく、“彼の語った理念”に納得していた。
 壇上には、柔らかな照明に包まれた一本のマイク。
  背後には言語切替式のスクリーンがあり、英語、仏語、ポルトガル語……そして日本語の字幕が交差する。
 そして今夜、その“すべての言葉”を紡ぐのは、美里だった。
 美里はシンプルなシャンパンゴールドのドレスに身を包み、イヤモニを耳に、通訳台へと歩いた。
  客席には各国の大使や文化人、経済界のトップたちが並んでいたが、その視線に気圧されることはなかった。
 彼女の胸には、確かに“つながってきた日々”が息づいていた。
 会場の天井から、ゆっくりと舞い降りてくる光の粒。
  それは妖精たちの“言霊”の導きだった。
 そして、ゆっくりと泰雅が登壇する。
 その瞬間、世界中の言語が、ひとつの“旋律”へと変わってゆく――。



 泰雅がマイクの前に立った瞬間、ホール全体の空気が張りつめるように澄んだ。
 「今夜、ここに立つことは、光栄であると同時に、少し不思議な気持ちです。なぜなら私は、誰かを“導く”立場よりも、むしろ“導かれてきた”側の人間だからです」
 美里は、マイク横の通訳台でその言葉を丁寧に各国語に訳していく。
  まるで、ひとつひとつの言葉に“彼の鼓動”を乗せるように。
 「私は“愛”を語れる人間ではありませんでした。家という鎖の中で育ち、経済と数字で未来を測り、人との距離を“利益”で計っていました。けれど――彼女に出会ってから、私は初めて、“言葉”の持つ温度に触れたのです」
 会場が静まり返る。
  それは感動というより、“深い共鳴”による沈黙だった。
 「彼女は、通訳者です。言葉を繋ぐことで、人の心と心を結び直す人です。そして、私の“壊れていた世界”を、たった一言で照らしてくれた存在です」
 美里の目に、涙が浮かんだ。
  だがその指は決して震えず、ただ誠実に、彼の言葉を世界に送り出していく。
 「“愛してる”という言葉すら、私は上手く使えなかった。けれど、いまならわかる。
  本当に大切な人には、“ただ一緒にいたい”という気持ちこそが、最も正確な“愛の定義”なのだと」
 最後のフレーズを、すべての言語に訳し終えたとき――
  スクリーンの裏側から妖精たちの光が舞い、会場全体にふわりと光が降り注いだ。
 それは、“二人をつなぐ言葉”が、世界に届いた証だった。
 泰雅は壇上から美里を見つめ、深く、深く一礼した。
  彼の目は、“感謝”と“誓い”に満ちていた。
 そして美里も、そっと頷き返す。
 ――もう、何も言わなくても、伝わる。
 ふたりをつなぐ言葉は、世界に響き渡り、誰よりも自分たち自身の“未来”を祝福していた。
 【第29章『二人をつなぐ言葉』 終】