「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「……辛かったです」

 涙交じりの声で口にした。

『ごめん』

 高坂さんの声も涙が混じっているようだった。それを聞いて、思っていたよりも、高坂さんは酷い上司ではなかったかもしれないと思い直した。

『また電話する』

 高坂さんが電話を切った。

「またって何よ。会社には戻らないと言っているのに」

 ティッシュで涙を拭い、図書館で借りたデザインの本を開く。一度は背を向けたけど、結局は気になり借りてしまった。いろんなアイデアが載っていて読むのが楽しくなる。気づくと夢中で読んでいた。

 本を読んでいるとデザインがしたくなる。だけど、元の場所に戻る自信がない。

 日曜日は朝九時からお助けサービスの仕事が入っていた。
 現場は海浜公園近くの新築マンションで、大塚さんと一緒だった。

 今日は荷物の梱包で、私はご主人の書斎を担当することになったが、本棚に並ぶ本を見て、心が揺れた。
 全部デザイン関係の本で、おそらくご主人はそういう仕事なのだろう。私が持っていた本や、欲しかった本が書棚には並んでいた。中身が見たくなり、仕事中にも関わらず、ページを開いた。わーこのフォント可愛い。こっちのフォントはお洒落。この色使い素敵だな。こんな風に配置するとスッキリして見えるよね。など、ページを捲りながら、試してみたいデザインのアイデアが湧いてくる。

「君、何してるの?」

 鋭い男性の声がして、ハッとした。