「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

 人の声なんて気にしなくていいのに、気持ちが沈む。

「クリームパンも美味しい。このカスタードクリーム、バニラビーンズを使ってるんですよね」
 楽しい雰囲気を壊さないように、明るく務めるが、後ろの席の女性が「食いしん坊は恋人になれないよね」とか、「なんか痛々しいよね」とか言っているのが聞えて来て、嫌な気持ちになった。

 明らかに彼女たちは私に対して悪意があるように思えた。その場のノリで話しているのかもしれないけど、そういうことは当事者のいないところでやって欲しい。

「美桜、やっぱ隣座っていい?」

 突然先生に下の名前で呼ばれて驚いた。

「え」

 戸惑っていると、先生が立ち上がり、私の隣に座る。

「俺、美桜が美味しそうに食べる姿が好きなんだ」

 先生がまるで恋人のような甘い表情を浮かべて私を見る。
 一体先生、どうしたの?

「美桜と一緒にいると俺は幸せだ。だからつい帰したくなくる。この間は朝まで帰せなくてごめん。美桜と離れたくなくて」

 ええ! 先生の家に泊まった時のことだと思うけど、そんな言い方をしたら、周囲の人たちが私たちが恋人同士だって勘違いするかも。

 ガタッと後ろの席の若い女性二人が立ち上がった。
 そしてなんだかつまらなそうにイートインスペースから出て行った。

「俺たちが熱々過ぎて、聞いていられなかったのかな」

 先生がクスッと笑う。