「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

 先生が座っていた椅子まで行くと、椅子の上の手書きのシナリオが目に入る。
 表紙の【偶然】という文字を見て、心臓が飛び出そうになった。

 昨日、私が提出したシナリオだ。

「ここで読んでたんですか?」
「うん。待ち時間を有効に使おうと思って」
「やめて下さい。恥ずかしいですから」

 ぱっとシナリオを手に取った。

「読むのは俺だけだよ」
「そうですけど」
「しかし、凄い偶然。丁度、藍沢さんのシナリオを読み終わったところだったんだ」
「もう読んじゃったんですか!」

 先生が頷いた。

「面白かったよ」

 カアッと顔中が熱くなる。

「そ、それはどうも」
「返してくれる? まだコメントを書いてないんだ」
「コメント書いてくれるんですか?」
「うん。家で書くよ。ここで見たら藍沢さん、つまらないだろ」
「そんなことないですけど」

 シナリオを先生に渡すと、先生は分厚いクリアファイルに仕舞った。

「沢山ありそうですね」
「半分の三十人分」

 ということは全部で六十人分のシナリオに目を通すのか。いや、土曜日のクラスのも合わせたらもっとありそう。