「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「赤井さんって、凄いですね」

 心の声が思わず出た。

「え」
「あ、すみません。思ったことがそのまま出ちゃって」

 クスッと赤井さんが笑う。怖い人だと思ったけど、笑った顔は可愛い。このギャップに男性はやられてしまうのかも。先生もそうだったのかな。

「別に凄くないわよ。好きなことをしているだけよ」

 そう言える所がカッコいい。
 私も好きなことを仕事にしていた。でも、苦しくなって逃げ出した。逃げたことは後悔していないけど、今の自分に満足はしていない。

 赤井さんは私の欲しかったものを持っている人だ。そんな赤井さんといると、何だか惨めに思えてくる。

「それで、お願いというのは?」

 早く解放されたくて聞いた。

「春希を口説いて欲しいの。私が言っても全く聞いてくれないから」
「口説くって、脚本のことですか?」
「そう。可愛い生徒の頼みなら春希も聞く耳を持つ気がして」

 可愛いという言葉が引っかかる。

「あの、私はただの生徒ですよ。先生の気持ちを変えるほどの力はないですから」
「私、勘がいいの。あなたと一緒にいる春希を見て、ピンと来たのよ」

 自信満々にそんなことを言われても困る。

「ちゃんとお礼はするわ。私にできることなら何でもする。だからお願いします。春希にもう一度脚本を書かせて下さい」

 赤井さんがテーブルに手をついて頭を下げる。
 真剣な気持ちが伝わって来た。私にまで頭を下げるなんて余程のことなのだろう。そう思うと無下に断れない。

「わかりました。脚本のことを頼んでみますけど、頼むくらいしか私にはできませんよ」

 私なんかの言葉で先生の気持ちが変わるとは思えない。

「ありがとう」

 頭を上げた赤井さんが嬉しそうに笑った。美人は笑顔も綺麗だ。