「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

 先週、大塚さんと入った一階のカフェに行くと、入り口近くの席に赤井さんが座っていた。私はレジでブレンドコーヒーを買ってから、赤井さんの近くに行く。

「どうぞ」

 赤井さんに言われて、向かいの席に腰を下ろした。

「まさかシナリオ講座の生徒だったとはね」

 赤井さんが白いコーヒーカップを置き、目尻の上がった目で私を射抜く。濃いメイクは整った彼女の顔立ちに合っていた。彼女は気の強そうな顔をしているが、美人だ。

「春希とはどんな関係なの?」

 長い足を組み替えながら彼女が聞いた。
 今日は黒のパンツを履いていた。

「あの、何か勘違いされているようなんですけど、私はただの生徒ですから。あなたが想像しているような関係ではありません」

 言いたいことは言えた。私にしては上出来だ。

「私が想像している関係って?」
「浮気女」

 そう答えると、赤井さんがぷっと噴き出した。
 なんで噴き出されたかわからない。何だか不愉快だ。

「私、帰ります」

 一口だけ口をつけたコーヒーを持って立ち上がる。